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休日に
きゅうじつに
作品ID54098
副題――工場に働く女工さん達に捧ぐ――
――こうじょうにはたらくじょこうさんたちにささぐ――
著者藪田 忠夫
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」 新日本出版社
1987(昭和62)年6月30日
初出「田園の花 第3号」1932(昭和7)年5月
入力者坂本真一
校正者フクポー
公開 / 更新2018-02-07 / 2018-01-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

胸一杯に吸いこんだ空気
甘い甘い麦のかおり 何故となくきれぎれに思い出てはあとかたもなく消えて行く
幼ない時の楽しい思い出
一月目に見る村の麦畑の何んと伸々と変っていることだろう
風呂敷包を下げ 胸をふくらせ
休日の久方ぶりに 村の本道を帰って来た私
おしつけてもおしつけても湧き上って来る此のうれしさ

休み日ごとに
家に故里に かえりたい心は
せき上げて来る潮のように 体中をかけめぐり
考えも感情も何もかも ぎりぎりと巻きからめてしまうけれど――
ああ お母さん
貴女はもう私を待ち兼ねているだろう
おいしく ふつふつと味噌汁をたいて私を待ちかねているだろう
一生貨車馬のように 野良と台所で働き通し
何の楽しみもなく年老いて行った
私のおかあ

おととい引いた七円の給料は財布ごとお父に渡そう
――近頃はこんなに取り賃が少ないけれど
  以前の半分にも時には三分の一にしかならないけれど
  お父さん 私は怠けているのではない
  前よりも もっともっと精出して 夜 寄宿にかえると
  耳の中が ガンガン鳴っているまで働き通しているのだけれど
――罰の出る日など私はこんなに気をつけて取っているのに――
  私は何べんも何べんもうすい寄宿のふとんをかぶって
  泣いた事さえあるのです 今度の晩繭は又 工女泣かせの涙の出るほど取りぬくい糸だし
――私は亦脚気のようで足がむくんで来ています
――お父はそんなに飯がうまくなければ カツオ節でも買えと云って手紙を呉れたが
  私はサナギくさい味噌汁でこらえています
――それに今 会社は仕事が少く 皆んな よろこんで遊んでいるけれど よく考えると きっと近い内に誰か沢山会社を止めさされるだろう
だが
お父やお母に こんな話はしないでいよう
金を受取る時の
お父のあの うれし相な だが じっと見ると 涙をにじませている うるんだ瞳
私には何にも云わないけれど
内に講が又出来ている事は知っている
私は話そう
「三寮の利ちゃんの琵琶歌」をお父や おじいさんに聞かせてやりたいことや
おどけばかり云う同室の春ちゃんの話や
又お母には 此の春は去年のネルを縫いかえして 一緒に花見に行く約束を――

久方ぶりの故里の 此の風は 私の髪をさらさらとなで知らず知らずに 足は楽しく速まって行くけれど――
――私の
ほんとうの心は 何故となく暗い気持になって行く
麦畑に働く村の人達――
  お父よ、お母よ
  小さい弟よ!
地主の土蔵の白壁はあんなにキラキラ夕日に光っているのだ

働いている私達の苦しい苦しい此の生活
――「働く者は幸福だ
   かせぐに追いつく貧乏なし」
おお! 工場長の云うこんな言葉よ消えてなくなれ
二十三歳の此の若さに
九年間の働きは――私に 脚気と水喰のしたカサカサの手先と前よりひどい内の貧乏を残して行った
内では心配をか…

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