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『玩具』あとがき
『がんぐ』あとがき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「玩具」あづみ書房、1946(昭和21)年8月10日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-02-16 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


所收――「玩具」「魚服記」「地球圖」「猿ヶ島」「めくら草紙」「皮膚と心」「きりぎりす」「畜犬談」

「玩具」から「めくら草紙」に到る五篇は、私の第一創作集「晩年」から選び出した作品である。サンボリズムのにほひが強いやうに思はれる。卷頭の「玩具」などは、散文詩とでもいふべきもののやうに思はれる。「めくら草紙」は、書いてゐる時には實に悲しい氣持であつたが、いま讀むと、ユウモラスな箇所が少くない。悲痛も、度を越すと、滑稽な姿にアウフヘーベンするものらしい。
「晩年」の初版は昭和十一年に砂子屋書房といふところから出版せられた。いまから十年前である。のちに縮刷版も上梓せられた。
「皮膚と心」は昭和十四年に書いた。私は男のくせに、顏の吹出物をひどく氣にするたちだつたので、こんな作品を思ひついた。
「畜犬談」も、いくらか皮膚病嫌惡の小説みたいなところもあるが、甲府では私は本當に野良犬どもに惱まされた。はじめは大まじめで、この鬱憤を晴らすつもりで取りかかつたのだが、書いてゐるうちに、滑稽になつてしまつた。憤慨もまた度を越すと、滑稽に止揚するものらしい。書き終へて讀みかへしてみたら、まるでもう滑稽物語になつてしまつてゐたので、これは當時のユウモア小説の俊才、伊馬鵜平君に捧げる事にしたのである。「皮膚と心」と同年の作である。
「きりぎりす」は、昭和十五年の秋に書いた。このころ少し私に收入があつた。千圓ちかい金がまとまつて入つたのではなかつたかと思ふ。そんな經驗は私にとつてははじめてであつたので非常に不安であつた。結局それは、すぐに使つてしまつたけれども、しかし、自分もこんな事では所謂「原稿商人」になつてしまふのではあるまいかと心配のあまり、つまり自戒の意味でこんな小説を書いてみた。この小説發表の後で、あれは文壇の流行作家何某を攻撃したものだ、などといふ噂も起つたやうであつたが、私はそんな何某などを相手になどしてやしない。私の心の中の俗物根性をいましめただけの事なのである。
昭和二十一年正月




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