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海からきた使い
うみからきたつかい
作品ID54192
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「少女倶楽部」1925(大正14)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-03-24 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人間が、天国のようすを知りたいと思うように、天使の子供らはどうかして、下界の人間は、どんなような生活をしているか知りたいと思うのであります。
 人間は、天国へいってみることはできませんが、天使は、人間の世界へ、降りてくることはできるのでありました。
「お母さま、どうぞ、わたしを一度下界へやってくださいまし。」
 天使の子供は、母親に頼んだのであります。けれど、お母さまは、容易にそれを、お許しになりませんでした。
 なぜなら、人間は、天使より野蛮であったからです。そして、我が子の身の上に、どんなあやまちがないともかぎらないからでありました。
「どうぞ、お母さま、わたしを一度下界へやってくださいまし。」と、幾度となく、その小さな天使の一人は、お母さまに頼みました。
 毎夜のように、地球は、美しく、紫色に空間に輝いていました。そして、その地球には天使と同じような姿をした人間が住んで、いろいろな、それは、天使たちには、ちょっと想像のつかない生活をしていると、聞いたからでありました。
「それほどまでに、下界へいってみたいなら、やってあげないこともないが、しかし、一度いったなら、三年は、辛抱してこの天国へ帰ってきてはなりません。もし、その決心がついたなら、やってあげましょう……。」と、お母さまはいわれました。
 美しい天使は、しばらく考えていました。そして、ついに決心をいたしました。
「三年の間、わたしは下界にいって、辛抱をいたします。そして、いろいろのものを見たり、また、聞いたりしてきます。」と答えました。
 天国から、下界に達する道はいくつかありました。赤い船に乗って、雲の間や、波の間を分けてから、怖ろしい旋風に、体をまかせて二日二晩も長い旅をつづけてから、ようやく、下界の海の上に静かに、降りることも、その一つであれば、また、体を雲と化したり、鳥と化したり、露と化したりして、下界の山の上や、とがった建物の屋根のいただきや、野原などに降りることもできたのであります。
 天使は、人間の力ではできないことも容易にされたのです。だから、小さなかわいらしい天使が、野蛮な人間の住んでいる下界へ降りてみたいなどと思ったのも無理のないことでありました。
 小さな天使は、いつしか下界に降りて、美しい少女となっていました。
 ある秋の寒い日のこと、街はずれの大きな家の門辺に立って、家の内からもれるピアノの音と、いい唄声にききとれていました。あまりに、その音が悲しかったからです。故郷といえば、幾百千里遠いかわからないからです。そして、帰りたいと思っても、いまや、そのすべすらなく、まったく途もなかったからであります。少女は、どうかして、やさしい人の情けによって救われたいと思いました。
 空は、時雨のきそうな模様でした。今朝がたから、街の中をさまよっていたのです。たまたまこの家の前にきて、…

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