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英雄ナポレオン
えいゆうナポレオン
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「槇村浩全集」 平凡堂書店
1984(昭和59)年1月20日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2014-08-26 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


南欧の夜の更け行けば
空には清き星の数
銀河の影もたなびきて
風は香りて薫ばしき
月は折しも青く冴え
波も静けき海原に
俄に殺気みなぎりて
なびく異国の旗の影
沖の鴎も怪みて
水の上遠く飛び行けば
羽ばたきに散る水煙
銀月ゆらぐ春の海
東雲の空月落ちて
残星光失へば
彼方に霞む紅の
雲を破って朝の風
天気に響く万歳に
馬に鞭あて英雄の
後に残すや砂煙
パリをさして急ぎ行く
暗雲低くたなびきて
雨濛々と降りしきり
彼方此方に旗の影
殺気漲るワーテルロ
戦既におさまりて
屍積みし山の跡
流るゝ血汐河をなし
月物すごく照らすなり
沈み果てぬる勢は
西に傾く夕陽の
進退こゝに谷まりて
身を其艦に託したり
艦は次第に沖の浪
いよ/\高くセーヌ湾
おゝ紫の山影よ
おゝ緑なる島の影
なつかしの国フランスよ
我は南の島守に
いざ永しへに別れなん
噫々我が祖国いざさらば
天を仰げど答ふなし
海に叫べど云ふ非ず
まぶたを伝ふ一雫
彼の心や如何ならむ
山は次第にうすれ行き
夜のとばりはフランスの
姿をやがて隠したり
白波の音も悲しげに
見る/\空はかきくもり
月は雲間に消え行きて
空に星なく海暗く
天も悲しむ夜半嵐
月日は巡る小車の
しづのおだまきくりかへし
春は七度来れ共
セントヘレナに春ならず
さすが千古の英雄も
末期の風に敵しかね
諸行無常の鐘の音と
共に散りしぞあはれなる
雷鳴空にとゞろきて
波ごう/\とすさまじく
風雨天地にあれ狂ひ
鬼哭しう/\空暗し
(大正十三・一・七)



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