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私は紙である
わたしはかみである
作品ID54246
著者槙村 浩
文字遣い新字旧仮名
底本 「槇村浩全集」 平凡堂書店
1984(昭和59)年1月20日
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2014-09-13 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 高い/\一万尺あまりもあらうといふ山の上に私は生れたのでした、或日一人の金持らしい人が登ってまゐりまして私や私の仲間を見て「惜しいものだ、りっぱな紙に成るのに」といはれました。私は別に気にも止めないで居ましたら四五日して大勢の人が私等のそばへやってまいりました。それから私等はりっぱな食物をいたゞく様に成りました。いく月もたった後一人の人がやってまゐりまして「もうそろ/\始めてもいゝな」といひ沢山の人を呼んで私等を切りました。いたいのをこらへて居ますとやがて四五日の中には皮はむかれ骨はのけられ見るからに浅ましい姿となりました。これは後で聞いた事ですが、あの金持は紙業家で早速に私等を買ひ紙にするつもりだったのださうです。私等はもう木ではありません。りっぱな/\日本紙です。する中に私等は汽車に積れました。「ナゴヤ――ヨコハマ――」等と外で云ふ声が聞えました。「シンバシ――」と大きな声がしますとすぐに「ガチャ/\ン」と大きな音がしました。
私等はふるへて居ますと大きな手が「ニューツ」と入って来て私らを石の上へ投げつけました。「キャツ」と思はずさけびました。やがてあら/\しいトゲだらけの車につまれ、いや、投げつけられ四五丁してから紙屋へ来ました。大勢の仲間は喜こんで私等をむかへました。「まだうれないのかナア」とは毎日私等のさけぶ声なのです。うれ行のよい西洋紙君等が浦山しくってたまりません、或日五十八九位のおばあさんがやってまゐりまして「日本紙二帖」と云って買って行きました。某人の家なのでせう。かるく机の上に叩きつけられました。おばあさんは「アヽつかれた」といって少し休んでから、私等の中から、三四枚ぬきました。私も其一枚なのです、やがて私の胸と腹へ黒い汁を流し始めました。一時間ばかりの後、それがすんだ様でした、随分長いものなのです。今度はおばあさんが小声でそれをよみ始めました。ほんとに哀れな事で私ももらひ泣きを致しました、おばあさんの目鏡も涙に曇て居ました。そしてやがて封筒の中へ入れられました。「ドン」と云ふ音と一しょに私等はもうポストの中でした。「グチャン/\ドーン」といふ音と共に私等は外へ出されました。「ヤレ安心」と思ったのは束の間、汗くさい/\むさ苦しい/\皮のかばんへ入れられました。二時間ばかりの後、「ドーン」と投げ出されました。それから「トン/\」と頭を叩かれました。そのいたかった事は未だに忘れられません。又も車につめこまれ元の新橋とかへ帰り、思出多きこのステーションを後にして又もや汽車に乗って北へ/\と行き始めました。「ミトーセンダーイ」と云ふ声が聞えました、「青森ー」と云ふ声と一しょに今度は汽車から下され少しの後は汽船に乗って北海道へと向って行ったのであります。やがて函館とかへつきました。之からの事はくだ/\しく申すまい。郵便局へよってから、一つの家へつ…

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