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特殊部落の人口増殖
とくしゅぶらくのじんこうぞうしょく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「被差別部落とは何か」 河出書房新社
2008(平成20)年2月29日
初出「民族と歴史 第二巻第一号 特殊部落研究」1919(大正8)年7月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-03-04 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

1 特殊部落人口増殖の事実

 我が国には古え天益人の語があって、人口が日々増加しつつあることは、太古以来既に認められておった。近いところで明治五年初めに約三千三百十一万と言われておった内地の人の数が、大正五年末には約五千五百六十四万となっている。近年の増加の数は、毎一年約七十万ないし八十万であるから、本年初めの数はおそらく約五千七百二十万にも達している事であろうと思う。その毎年増加の率は、また年とともに増して来る方で、明治五年以来の割合は、大体に於いて千人につき八人ないし十五人という事になっている。
 かく盛んな増殖率を有する我国民の中に於いて、特殊部落民の増殖率はことに盛んである。明治四年八月二十八日にエタ非人の称を廃した際の数を見るに、エタ二十八万〇三百十一人、非人二万三千四百八十人、皮作等雑種七万九千〇九十五人、合計三十八万二千八百八十六人とある。この中非人と言われた方のものは、その後大抵解放されて、もはや所謂特殊部落の待遇を受けていないのが多い。また右の雑種というものの中にも、普通民に混じたのが多数であるとは察せられるが、仮りにエタ及び皮作等雑種と言われたものの全部が、今日の所謂特殊部落の本をなしたとしてみても、明治四年称号廃止当時の数は三十五万九千四百〇六人である。されば明治五年正月二十九日調べの内地人口三千三百十一万〇七百九十六人という統計に表われた数を以て、その五ヶ月前に遡って、仮りに三千三百〇五万ないし六万の人口があったとすれば、当時の特殊部落民は総人口の九十二分の一、すなわち九十二人の中に一人ある割合にしか当っていなかったのである。
 しかるに単に部落民だけのその後の人口の統計について調査してみると、案外にも増加数の、ことに夥しいのに驚かされる。本年一月のその筋の調査によるに、報告未着の東京府の一部、及び神奈川・宮城・岩手・秋田の四県を除き、その他に於ける部落住人口(部落内居住普通民を除く)の総数が八十三万四千七百四十五人、部落外居住者人口総数六万九千六百六十七人、合計九十万四千四百十二人とある。この以外に他へ転籍もしくは移住して、普通民の中に蹟を没したり、もしくはもはや部落民として認められなくなっているものの数も、過去四十余年間には少からぬものであろうと思われる。現に北海道へ移住したものの如きは、社会からも殆どこれを区別することなく、したがって一人も右の統計には載っていないのである。東京の如き雑多の地方人入り込みの場所に於いても、今や殆ど忘れられて、右の統計に載っていないのが多い。おそらく彼らの子孫自身も、父祖がもとそんな者であった事を知らないのであろう。そこで近ごろ或る部落有志者の概算では、大略百二十万ないし百三十万はあるであろうという。甚だしいのに至っては、百五十万もあろうなどという統計を見積っているが、今仮りにまず最も少く見て、概…

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