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ノーベル小伝とノーベル賞
ノーベルしょうでんとノーベルしょう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長岡半太郎隨筆集 原子力時代の曙」 朝日新聞社
1951(昭和26)年6月20日
初出「心」1950(昭和25)年10月
入力者しだひろし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2013-12-07 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ノーベル賞の存在は、昨年湯川秀樹君の受賞により、汎く、我邦人に傳わつた。しかしその賞を發案したノーベル Alfred Bernard Nobel の事績については、知る人稀にして、いかなる動機により、その資産一部を割き優秀なる研究者に與うるようになつたかを明かにするもの少きは、まことに遺憾である。こゝにその一端を記すは無用であるまい。
 ノーベルの父は工業家で、ストックホルムに住居し、ロシヤ政府の用達を勤め、首都ペトログラードの入口に設けられた、クロンスタット要塞を堅固にする設計を委託されてあつた。しかして家業としては、工業藥品、特に爆藥ニトログリセリンの製造に從事していた。二子があつたが、兄ルドウィヒは一八三一年(天保二年)に生れ、弟アルフレッドは一八三三年(天保四年)に生れた。兄弟共性格相似て、終始互いに提携して家運を興した。兄は父の職を繼いで、「ロシヤ」に出入し、海軍船艦を築造するドックを築き、製鐵所を設けて、軍器製造所を建てた。また河川改修に從事し、數多の河川の航路を開き、舟運の便を※[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、166-2]り、二十隻の川蒸汽隊を組み、各河にこれを配置して、運送に停滯なからしめた。ロシヤ農民が、バク産石油を、至る所燃料として使用するを得たのは、この施設あつてからである。かくして兄がロシヤに盡した功勞は、甚大なものがあつた。
 弟は十七歳で米國に遊び、居ること四年、其間何をしたかは判然しないが、明敏な觀察力を諸方面に働かせた。當時米國の工業は長足の發達を遂げんとする時期に遭遇し、自らその状勢を洞觀したものと思われる。二十一歳にしてスウェデンに歸り、大學に入つたが、遂に兄の蹤跡を蹈まず、父と共に家業に從事した。即ち工業爆藥ニトログリセリンの製造、並びに利用等に、その研究を集注したのである。その頃この爆藥は「ノーベル油」として知られたが、發煙硝酸、濃硫酸、グリセリン等を使用して製造したもので、過程は、複雜なるのみならず、最もその弱點として、これを製造する人も利用する人も、困却していたのは、些少の衝撃で、爆發の危惧あることに集注していた。これは直接人命に關係するから、一刻も等閑に付すべからざる難關であつた。
 しかるに天は禍を轉じて福となす機會を彼に與えた。或る日工人は過つてこの危險なノーベル油を砂上にこぼした。工人はその掃除に周章狼狽したが、彼は落付いて、その一片を取り、靜かにこれに點火して見たが、不思議にも何の爆發の兆も無く、徐ろに燃えた。更に試驗を施し、衝激的に火を放つたところが、爆發して從前の性質を失わなかつた。かくして謎は解けた。ノーベル油は、砂に浸みれば動搖しても安全だ。これに急激な發火栓を添加すれば、主眼である爆發を支障なく行わしむることが可能である。それゆえ運搬して遠地に頒布するも可能となり、…

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