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冬の庭
ふゆのにわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「花の名随筆12 十二月の花」 作品社
1999(平成11)年11月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-04-27 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 冬になると庭を眺める時がすくない。霜で荒れた土の上に箒をあてるといふわけにゆかないから、秋晩くに手入れを充分にして置かなければならない。この手入れさへ怠らなかつたら冬ぢゆうそのままにして置いてもよい。木の葉なぞも綺麗に掃き取つておけば、乱れるといふことはない。冬の庭の味ひの深いのは何といつても霜で荒れた土がむくみ出し、それが下ほど凍えて、上の方が灰のやうに乾いてゐる工合である。苔は苔のままむくみ上つてゐるところに、何とも言へぬ深い寂しみが蔵はれてゐて、踏んで見るとざつくりと土が沈む。乾いた灰ばんだ何処か蒼みのある土が耐らなく寂しい。掘り出しものの朝鮮の焼きもののやうな色と粉とから成り立つてゐるからである。
 冬は庭木の根元を見ると、静かな気もちを感じさせる。灰ばんだ土へしつかりと埋め込まれて森乎としながら、死んでゐるやうな穏かさをもつてゐるからである。庭を愛するひとびとよ、枝や葉を見ないで根元が土から三四寸離れたところを見たまへ。さういふ庭木の見かたもあることを心づいたら、わたくしの言ふことはないのである。
 冬は四季を通じての庭のはらわたを見せるときである、庭の持主の心づかひが此の季節にすつかり表はれ、春夏秋の手入れや心配りの程が解るやうである。春夏秋の怠りもまた冬になると露れるのである。池水がよごれて居れば氷が美しく見えない。木の掃除が行きとどいてゐなければ枯葉を乱すおそれがある。
 何と言つても冬の庭は厳格と品とをもたなければならぬ。どれだけ厳格であつてもよい、むしろ厳格すぎて優しいところができれば、冬の庭としての全幅を含んでゐるやうである。冬の庭は障子硝子から一と目眺めたきり、それ以上眺めることがすくないものであるから、その瞬間に何かが視覚を打たなければならない。冬は寒いから庭のありさまも温かくしなければならぬといふのは俗説である。どこまでも深く鋭い方がよい。徒らな松の吊縄、藁のかげ法師、植木の巻藁などはよくよく考へてから、その位置を作らなければならぬ。烏瓜の実の朱い色が凍み亘りその色が黒ずんでゆく、しまひに吊柿のやうな色になり干乾びて種が鳴るやうになる。そこで初めて烏瓜の美しさが感じられるやうに、冬の庭も四季の終りに豁然として美事な眺めに就かなければならぬのである。
 雪は冬の庭に永く眠つてゐるほど寂寞である。雪がきたらそのままによごさずに置くのである。雪に触つたところが一と処でもあれば、その睡り深い姿を掻き起す。寂寞が乱れてはならない。消える時もひとりで斑に美しく消えるにまかせるやうにする。手洗ひや、つくばひに張る氷も雪とともに厳格以上の厳格さをもつてゐる。冬の庭の要を鏡のやうに磨き立てるものでなければならぬ。
 冬の庭木としては別に特別なものはないが、梅擬の実の朱いのが冬深く風荒んでくるころに、ぼろぼろ零れるのはいいものである。南天の騒々しさ…

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