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梟の眼
ふくろうのめ
作品ID54470
著者大倉 燁子
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「キング 一三巻三号」1937(昭和12)年3月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-12-19 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

ポケットのダイヤ

 陽子は珍らしく早起きして、朝のお化粧もすませ、ヴェランダの籐椅子にながながと両足を延ばし、ココアを飲みながら、頻りに腕時計を眺めていた。
 客間の置時計が九時を打つと、それを合図のように玄関のベルが鳴って、貴金属商の杉村が来た、と書生が取りついだ。貴金属商というのは表面で、実は秘密に婦人達の間を廻り歩いている、損料貸しなのである。指輪や時計の交換などもやるので、重宝がられているのだった。彼は如才ない調子で、お世辞を振りまきながら、女中が茶菓を運ぶのに出たり入ったりしている間は、ゆっくりと鞄から一つ一つ指輪を取り出して、テーブルの上に並べていたが、女中の姿が見えなくなると、懐中から別に持っていたのを出して、
「パリーで買ったものだというんですが――、カットも新しいし、これだけの上物は滅多にございません。――いかがでしょう? 二千五百円じゃお安いと思いますが――」
 三キャラット以上もありそうな、純白ダイヤ入りの指輪だ。陽子は蝋細工のような細い指にはめてみて、じっと眺めた。欲しいな、と思った、欲しい! しかし、この指輪に換えるだけの宝石を、残念ながら、持ち合せていない。もし是非ともこれを望むとすれば、纏ったいくらかの金をたしまえとして渡さなければなるまい。結婚してからまだ半年にしかならない二十一歳の若夫人の身では、それだけの金の工面は少し難しかった。欲しくって、欲しくって堪らないが、これは我慢しなければならないので、その代りに小指にはめるマルキイズを借りることにして、ルビーの指輪に若干の金を添えて話をつけた。
 杉村は鞄の中に指輪を納いながら、
「米国観光団の大舞踏会があるそうでございますね。ご出席なさいますんでしょう?」
「ええ、招待状が来ているから、行く積りよ」
「そのために――、皆さん、大変ご苦労をなさいます。これは内々のお話でございますが、――私共の上等品は大部分当日のために出払ってしまいました」
 陽子は杉村が帰った後も、三キャラットのダイヤが眼の前を離れなかった。梅田子爵夫人ともあろうものが、あれ位のダイヤ一つ持っていないとは情けない、何とかして買いたいものだと思いながら、ぼんやり庭を眺めていると、縁側に忙しそうな足音がして、実家の次兄、平松春樹が訪ねて来た。
「あら、お兄さん」
 兄の顔を見ると急に甘えるような気持ちなって、何ということなしに涙ぐんだ。ダイヤが欲しいのよ、と、口先にまで出かかったのを、ぐっと押えて、陽子は唇を噛んだ。それは云ってはならぬことであった、こんなにまで欲しがっていると知ったら、この妹思いの春樹が、黙ってみているはずはない。どんな無理をしても、きっと、ダイヤを持って来てくれるに定っている、その無理が――、彼女には恐しかった。
「お兄さんも舞踏会に行らっしゃるんでしょう? 西洋婦人が沢山来るそうですから、…

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