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情鬼
じょうき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「踊る影絵」柳香書院、1935(昭和10)年2月
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-12-28 / 2014-09-16
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「小田切大使が自殺しましたよ」
 夕刊をひろげると殆ど同時にS夫人が云った。その瞬間、私の頭の中をすうッと掠めたある影――、それは宮本夫人の妖艶な姿であった。
 小田切大使の自殺に宮本夫人を引張り出すのはちょっと可笑しいが、私の頭の隅に、二十年前の記憶が今なお残っていたからであろう。
 その当時は小田切大使も宮本夫人もまだ若かった。少壮外交官の彼と彼女とは到る処で話題の種をまきちらしていた。そして二人の関係は公然の秘密として余りにも有名であった。宮本夫人は器量自慢で、華美好きで、才子ぶるというのでとかく評判がよくなかった。大会社の支店長代理という夫の地位を笠にきて、横暴な振舞をすると云って、社宅の婦人達の反感を買い、何も知らない宮本氏へ夫人の不行跡を洗い立てて、密告した者さえあった。それがために宮本氏は憤死したとさえ伝えられているが、実際は任地で風土病にかかって死んだのだった。
 両人の関係を承知の上で、大谷伯爵が自分の愛嬢を小田切氏に嫁った。この結婚がまた噂の種になった。必ず小田切時代が来ると伯爵が断言したとか、真実か嘘か分らないが、いずれにしてもその予言が当って、その後小田切氏はとんとん拍子に栄転した。
 それはとにかく、小田切氏の結婚と同時に宮本夫人に、好感を持たなかったある一部の連中は、いい気味だ、絶世の美人も伯爵令嬢という肩書には美事背負投げを喰わされたではないか、と云って嘲笑した。しかしそんな噂も一時で、軈て二人の問題も口にする人がなくなり、後には宮本夫人の存在すら忘れられてしまった。
 そういう記憶があるので、私は小田切大使の自殺と聞いて、直ぐ宮本夫人を聯想したわけなのである。
 新聞には最初自殺とあった。それからまた一時他殺の疑いが濃厚となり、種々な臆測が伝えられて、世間を騒がしたが、結局自殺と確定された。
 自殺に撰んだ日が亡き夫人の一周忌にあたり、しかも夫人の写真を懐に抱いていたというので、私は最初から自殺説を主張していたが、S夫人はそれに対して別段反対説を唱えるでもなく、といって私の意見に同意した様子もなかった。
「あすこは任地から云っても重要な処ですからね。小田切さんとしてはほんとに働き栄のする、腕のふるいどころでしょう。外交官としては面白い檜舞台。そこへ撰ばれてやられたんですから、あの人としては今が最も華やかな時代だと云っても差支ありますまい。その得意な時に、ただ奥さんが恋しい位の理由で自殺するなんて、そんな馬鹿々々しいこと考えられないけれどね――」
「じゃ他殺だとお思いになりまして?」
 S夫人とは違って私は直接小田切大使を知っていた。豪気な才物だが、また一面には情にもろい、涙のある優しい人だった。おまけに亡き夫人とは思い合った間柄だったとも云われるし、あの人だからこそ自殺したのだろうと私には思われるのだが――。
「他殺と断…

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