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深夜の客
しんやのきゃく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「モダン日本 九巻一三号」1938(昭和13)年12月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-06 / 2014-09-16
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 女流探偵桜井洋子のところへ、沼津の別荘に病気静養中の富豪有松武雄から、至急報の電話がかかり、御依頼したい件が出来た、至急にお出でを願いたい、と云ってきた。
 有松は如才ない男だ。殊に婦人に対しては慇懃で物優しく、まことに立派な紳士であるが、どういうものか洋子は彼を好まなかったので、ちょっと行き渋ったが、職業柄理由なく断わるのもよくないと思い、午後四時四十分発の急行で、東京駅を立ったのだった。
 汽車が小田原に着く頃には、ひあしの短い冬の日は、もうとっぷり暮れていた。
 洋子はやっとある事件の解決をつけたばかり、ゆっくり休む暇もなく、直ちに車中の人となったので、座席に落付いてみると、一時に疲れが出てぐったりとなり、おまけにひどい睡魔に襲われて、ともすればうつらうつらとなるのだった。
 ふと、近くで人の話声がした。彼女は夢のようにそれを聞いていた。声はどうやら通路あたりから聞えて来るように思われる。
「うまく行った。が、危ぶないところだった。何しろ、――客車全体にはッてやがるんだから――」
 調子は荒っぽいが、声は細くて柔かい感じがした。返事は聞えない。
「どんなに手配したって、――目的を果すまでは、掴まっちゃならないぞ!」
 少時、間を置いて、また、
「なアに、愚図々々云ったら、――俺がやッつけッちまう」底力の籠った云い方をした。
 それぎり途絶えてしまった。
 ところが湯ヶ原を通過すると間もなくだった。突然、「さア行こう」と同じ声がした、と思うと非常ベルが鳴り、列車は俄かに速度を緩め、停車しようとした。洋子はぼんやりと眼を開けていた。その時、突如出入口のドアを開け、身を跳らせて飛び降りた二つの影を見た。一人は背の高い、がっちりした体格の鳥打帽の男、もう一人は小柄で細そりとした色白の細面だった。
 やがて、汽車はレールの上を引きずられるような重い音を立てて停った。乗客は総立ちとなり、車内は騒然とした。真暗な外を透し、事故を知ろうとする顔が、窓に重っている。が、別に何事もなかったものと見え、車はまた静かに進行を続け始めた。
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
「轢かれたのか?」
 通りかかった車掌を捕えて、乗客は詰問するような語調で言った。
「何んでもなかったんです。誰か悪戯した人があるんでしょう。――非常ベルを鳴らしたりするもんだから、すっかり脅かされてしまいました」と苦笑した。
「怪しからんじゃないか。お客がやったのかね?」
「それを調べておるんですが、――どうも、分らないで困っているんです」
「弄戯っておいて、逃げたんじゃないか?」
「否え、そんな事はありません。お客さんはお一人もお降りになりませんから。――ちゃんとこの通り一々行先を記してあります。いらっしゃらなくなれば直ぐ分りますが、お一人も欠けていないんですから――」
 洋子の見た二つの影、…

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