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鷺娘
さぎむすめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「宝石 一巻四号」1946(昭和21)年7月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-06 / 2014-09-16
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「まゆみちゃん、何のお話かと思って飛んで来たら、いやあよ、またあの縁談なの? 私はやっぱり一生独身で、芸術に精進する積りなんだから、お断りしますよ」
 百合子はさっぱりと云った。
 まゆみは彼女が一度いやだと云い出したらどんなにすすめてみたところで無駄だと知っていたので、黙っていると、百合子はまゆみの気持ちを損じたとでも思ったのか、駅前の闇市で買ってきたという南京豆入りの飴を出してすすめ、自分も口に入れて、
「内玄関で薬剤師の竹村春枝さんに会ったわ。あのひと、また来ているの?」
 と話をかえた。
「そう。疎開先から戻って来たけれど行くところがないんですって、それで当分薬局を手伝って頂く事にしたの、でもねえ、開業医だって、この頃、とても楽じゃないわ。竹村さんがいた時分のように景気もよくないし、第一あなた、旧円から新円にかわる時、沢山な患者さん達がしこたま旧円を預けに来たんでしょう、それがみんな預金になっちゃって出せないんだから、今じゃまるで遊びよ、忙しいけれどただ働きみたいなもの。竹村さん、月給はいらないからッて云うんだけれど、月給なんか知れたもんよ、それよりか食糧のかかりが大変だわ」
 百合子は薄い唇を曲げて、
「断わっちまいなさいよ。私、あんな高慢ちき女大嫌いさ。美人ぶっていて――」
 まゆみと百合子は従妹同志で両方とも一人娘だったので、幼少い時から姉妹のように仲好くしていた。年も同年の二十四、身長も同じ五尺一寸、色白のぱちりとした目鼻だち、うすでの感じまでよく似ている。しかし、性質はまるで正反対だった、まゆみがおっとりとして口数も少なく万事控えめなのに反して、百合子はてきぱきとして負けずぎらいの強気だ。金持ちのお嬢さんでふたりは学校以外にいろいろなことを仕込まれたが取り分け舞踊は両方の親達が好きだったので、六才の六月から稽古にやられ、まゆみも光村医学博士夫人となるまでは舞踊家としてたつ位の意気込みであったので、仲の好い二人も舞踊の事になるとまるで敵同志のように互いに鎬をけずッていた。が、天分のあるまゆみにはいくら努力しても百合子は足許にも追いつかなかった。
 ところが今から五年前、歌舞伎座で舞踊大会のあった時、まゆみは見物に来ていた光村博士に見染められ、懇望されて妻になって以来ふっつりと舞踊とは縁をきり、地味な若奥様となって家庭の奥へ引込んでしまった。
 まゆみは細い指先で飴をつまんで口に入れようとしたところへ、噂の主の竹村春枝が入って来た。二十七八のすっきりとした美しい女だった。
「奥様、先生が、応接室に川崎様がいらしてますから、お相手をして下さいませって――」
 彼女は自分の口に持って行こうとした飴を竹村にやって、
「ちょいと待っていてね」と百合子を残して竹村と部屋を出ると入れ違いに光村博士が聴診器を首にかけたままで入って来た。百合子は軽く頭を…

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