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黒猫十三
くろねことみ
作品ID54482
著者大倉 燁子
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「キング 一二巻一号」1936(昭和11)年1月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-12-28 / 2014-09-16
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 本庄恒夫と辰馬久は篠突く雨の中を夢中で逃げた。体を二つにへし折り、風に追われながら、夜の市街をひた走りに走った。その時、一緒に馳けていた辰馬久が、ふいと身を転して横町へ折れた。続いて曲ろうとした途端、本庄は行手の暗がりから、ぬッと出て来た大男が、辰馬の後を飛ぶ如く追跡するのを見た。
「危い! 捕りやしないか?」
 ぎょッとして思わず心で叫びながら、立ち縮んだ。辰馬に誘われ、初めて行ってみた賭場に運悪く手入れがあって、二人は命からがらここまで落ちのびて来たのである。
 今夜に限って、どうしたものか円タクはどれもどれも客が乗っていて、空車には一度もぶツからなかった。
 もうこうなっちゃ仕方がない、どんなに夜が更けようと、ずぶ濡れになろうと、いよいよ小山まで徒歩いて帰らなくてはならない、と思っている処へ、有難い事に、一台の空車が通りかかった。朦朧ランプに照らされた空車の二字が目に入った刹那、本庄は救われたような喜びに我を忘れて合図の手を高くさし挙げ、停るのを待ち兼ねて、
「小山まで、――西小山だ!」と云うなりハンドルに右手をかけて、飛び乗った。
「あッ!」
 忽ち何かに躓いて前へのめった。その拍子にぐにゃりと柔かいが、しかし弾力のあるあたかも護謨の如きものの上に、両掌と膝頭とを突いたのだった。
「何だろう?」
 手探りでそッと撫で廻してみると、異様な感じがする。冷ッこいがすべすべした、まるで人肌だ。
 生憎ルームの電燈が消えているので、車内は暗くって、硝子窓から、時折さし込む街燈の灯も、シートの下までは届かなかった。
「君、ちょっと、電気を点けてくれないか」
 運転手は答えない。風雨に声を奪われて、聞えないものと見える。
「チョッ」
 本庄は舌打ちしながらポケットを探り、マッチを擦った。と同時に、彼はマッチを放り出し、シートの上に尻餅をついてしまった。
 人形? いや人だ、若い女だ。しかもそれが死んでいるのだ。余りの驚愕に全身凍ったようになって、叫び声すら咽喉を出なかった。ただ、はッと思っただけだった。次の瞬間には眼がくらくらとして、何も分らなくなった。体は妙に硬直って身動きさえ自由にならないのに、膝頭だけががくがくと震えて起ち上る力さえぬけてしまった。血生臭い香がプンと鼻をうつ。
 軈て、少しく気が落ち付いてくると、恐いもの見度さに、もう一度マッチを擦って、蹲踞み込み、今度はようく見た。
 やっと十二三位だろうか、立派な服装をした少女だった。顔は伏せているのではっきり分らないが、ウェーヴした断髪が襟足に乱れかかって、何とも云えぬ美しさだ。桃色のドレスの肩から流れ出ている血汐は、細そりした白蝋のような腕を伝わり、赤い一筋の線を描きながら、白いゴム・マットの上に滴り落ちて、窪んだ処へ溜っている。抱き起してみようと思って、そッと体に手を触れたら、ぬらぬらとした…

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