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恐怖の幻兵団員
きょうふのまぼろしへいだんいん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「オール読切 二巻五号」1950(昭和25)年5月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-02-06 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

私立探偵社の客

 遠くの方でベルが鳴ったと思っていると、忽ち寝室のドアがはげしく叩かれ、
「先生、先生お客様ですよ」
 せっかちの家政婦に起された。
 枕時計を見ると朝の六時だ。私立探偵なんて職業を持っていると、とんでもない時間に訪問を受けることがしばしばある。そういう人に限って、厄介な用件を持ち込むものだ。私は舌打ちしながら、毛布をすっぽりと被ぶったまま、
「やかましい! これからもう一寝入りしようと思ってるんだ。用があるなら待たしておけ」
「だって、先生、大至急お目にかかりたいって仰しゃるんですよ」
「何んて人だ?」
「お名前は仰しゃいませんが、お目にかかればわかるって、立派な方、凄いような美人で――、お若い方なんですよ」
 私は毛布をはね退け、むっくりと起き上って、
「しょうがないなあ。客間に通しておけ」
 私はいつの場合でも、身だしなみだけはきちんとしていた。安全剃刀を当てて、いそいで顔を洗うと、外出着に着換えて、客間に現われた。
「やッ。あなたでしたか。失礼しました。お名前を仰しゃらぬものだから――」
 朝陽のさし込んでいるウインドウの傍に、椅子を持って行って、
「さあ、こちらへいらっしゃい」
 とすすめた。
「まだ。おやすみになっていらしたんでしょう? 申わけありません」
 家政婦が云った通り、全く素晴らしく美しい。たしか二十九歳だと聞いていたが、見たところはせいぜい二十二三、眼の覚めるような赤色ボックス型オーヴァを着ていた。彼女は松岡旧伯爵の世嗣一雄夫人で、類稀れな美貌の持主として有名であった。
 没落階級に属する旧伯爵が、いまもなお昔ながらに依然として政界の影武者であり、相当の勢力を有するのは世間で知らぬ者もないが、彼はいつも黒幕であって、絶対に表面に立たない、それが彼を救ってくれたと云ってもよかった。
 口の悪い人は、狸爺だの、剣劇の名人だのと云った。それはずるくって、立ち廻わりが上手だという意味であるが、たしかに云われるだけのことはあった。あの巨万の富も財産税だ、取得税だといって大部分を失っているはずだのに、なお昔のままの生活をつづけていられるということは、智慧者の彼なればこそ、と、私は思っているのだった。
 家政婦が火種を持って来て、瀬戸の大火鉢に炭をついでから、各自の前にお茶を運んでいるのを、夫人はいらいらしながら見ていたが、彼女の退くのを待って、急に一膝乗り出し、
「先生、突然、こんな朝っぱらから伺って、御無理をお願いしてはすみませんが、実は私、大変な心配事が出来たんですの。委しいことは途々申上げますが、いかがでしょう? これから直ぐに宅へいらして頂けませんか知ら?」
 よく見ると夫人は憔悴して、顔いろは青褪めているし、唇のあたりが微かではあるが痙攣している。何事かは知らず、少なくとも彼女にとって重大なことに直面していることだけは…

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