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機密の魅惑
きみつのみわく
作品ID54484
著者大倉 燁子
文字遣い新字新仮名
底本 「大倉燁子探偵小説選」 論創社
2011(平成23)年4月30日
初出「踊る影絵」柳香書院、1935(昭和10)年2月
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-12-28 / 2014-09-16
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「ある夫人――それは私の旧友なのですが――からこうした手紙を度々受取らなかったら、恐らくこの事件には携らなかったろうと思います」
 S夫人は一束の手紙の中から一つを抜き出して渡してくれた。それは藤色のレター紙に細かく書かれたものであった。
 S夫人!
 私はもうすっかり疲れてしまいました。
 こんどの任地では徹頭徹尾失敗です。夫の愛は彼女に奪われ、在留民からは異端者のように白い眼で睨まれ、私のすることは、善かれ悪しかれ悪評の種になってしまいます。つまり猫かぶりでなくては成功しない土地で、心にもないお世辞を云い、見え透いたお上手をやらなければいけなかったのです。自分の信ずるところを卒直に云いあらわしては駄目なのだということに早く気がつかなかったのは、全く不明の致すところで、今更悔んでも追つきませんが、それも一つには私を陥いれようと計画んでいる彼女が、遠くから糸をひいていたことに原因するとも思います。私の運命の綱を彼女が握っていて、思うままに振り動かしているような気がします。夫は彼女なしでは一日もいられません。
 彼女、即ち笹屋の有喜子はどんな女だということをちょっと申上げましょう。笹屋というのは当地では一流の茶屋でございます。有喜子はそこの内芸者で、去年夫が赴任いたしましたのと殆ど同じ頃にハルピンから流れてまいった女でございます。素性はよく分りませんが、妖婦型の凄い手腕を有っていると専ら評判をいたして居ります。
 背が五尺四寸もあるので洋装がよく似合います。睫毛が長いせいか、それでなくても黒眼勝の大きな眼が一層真黒に見えるのです。青味がかかった皮膚に真黒い眼だけでも何となくひやりとした感じがいたすものですわね。それに肉のないすうッとした高い鼻というものはまた温味にとぼしいものでしょう。西洋人のようでいい格好と云えば云えますが、そういう眼鼻だちのせいか、口許などの可愛らしい割にどうも顔全体の感じは冷たさを通り越して、残忍性を帯びているようにさえ見えるのです。しかしこの位整った顔はまずちょっとないでしょう。彼女は確に美人には違いありません。少なくとも外形だけは非常に美しいのですから。
 御承知の通り、私は子供の学校の都合で一年ばかり遅れて夫の任地へまいりましたでしょう。その間に夫の魂はすっかり有喜子に浚われてしまっていたんですの。女手がなくて不自由だという事もあったのでしょうが、彼女は段々と入り込んで宴会などのある場合には先立ちになって何かと指図をしていたそうです。館員達にもうまく取り入り、まるで奥様気どりでいた処へ何も知らない私があとから参ったのでございます。
 かげでは毒婦だの妖婦だのと悪口云っている人でも、有喜子に一度会うと好きになって皆味方になってしまいます。とにかく不思議な魅力を有っている女で、普通の人とは大分違っている点が沢山ございます。第一夫を…

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