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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54558
副題267 百草園の娘
267 もぐさえんのむすめ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第一卷 恋をせぬ女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年3月25日
初出「キング」1951(昭和26)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-04-29 / 2015-03-08
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、あつしの身體が匂やしませんか」
 ガラツ八の八五郎が、入つて來ると、いきなり妙なことを言ふのです。
 九月のよく晴れた日の夕方、植木の世話も一段落で、錢形平次は暫らくの閑日月を、粉煙草をせゝりながら、享樂して居る時でした。
「さてね、お前には腋臭が無かつた筈だし、感心に汗臭くもないやうだ、臭いと言へばお互ひに貧乏臭いが――」
 平次は鼻をクン/\させながら、斯んな的の外れたことを言ふのです。
「嫌になるなア、そんな小汚い話ぢやなく、もつと良い匂ひがするでせう」
 八五郎は素袷の薄寒さうな懷ろなどを叩いて見せるのでした。
「あの娘の移り香を嗅がせようといふのか、そいつは殺生だぜ、腹の滅つて居る時は、そんなのを嗅ぐと、虫がかぶつていけねえ」
「相變らず、口が惡いなア、そんなイヤな匂ひぢやありませんよ、お種人參と忍冬と茴香が匂はなきやならないわけなんだが」
「どこで、そんなものをクスねて來やがつたんだ」
「人聞きの惡いことを言はないで下さいよ。香ひの良い藥草を、一つ/\紙に包んで、綺麗な人から貰つたんですよ、それを紙入に入れて、内懷ろで温ためてあるんだが――」
「そんなものなら、髷節へ縛つて、鼻の先にブラ下げて歩くとよく匂ふぜ」
「叶はねえなア」
「ところで、それをくれた綺麗な人といふのは、何處の人間だえ」
「ザラの人間と一緒にするには、勿體ない位、良い女でしたよ、親分」
「眼の色變へて乘出すのは穩やかぢや無いぜ、お前に藥草の葉つぱをくれるんだから、いづれ場末の生藥屋の後家か何か」
「錢形の親分も、それは大きな見込違ひですよ、後家やおん婆ぢやありやしません、ピカ/\するやうな新造、つく/″\江戸は廣いと思ひましたよ、あんな良い娘が、世間の評判にもならずに、そつと隱れてゐるんだから」
「若くて眼鼻が揃つて居ると、皆んな良い女に見えるから、お前の鑑定は當てにならない」
「でも、板橋の加賀樣お下屋敷隣の御藥園の娘、お玉さんばかりは別ですよ、江戸中には隨分綺麗な娘もあるが、あんな後光の射すやうなのはありやしません、大したものですぜ」
「そんな女は、女房や情婦には向かないぜ、惡いことを言はねえから、あんまり近寄らない方がいゝぜ」
「なぜです?」
「ピカ/\後光が射して見ねえ、眩しくて口説もなるめえ」
 錢形平次と子分の八五郎は、斯う言つた埒も無い掛合噺から、肝腎の話の筋を運んで行くのでした。
「まア、眞面目に聽いて下さいよ、親分。二三日前に、板橋の小峰凉庵先生のお藥園――百草園といふんですがね、そこから、友達傳ひに便りが來て、一度は錢形の親分に來て貰ひ度いが、いきなりさう言つてやつても、容易には來て下さるまいから、せめて一の子分の八五郎さんに瀬踏をして貰ひ度いといふ話で、瀧野川の御稻荷樣から辨天樣にお詣りする積りで、ちよいと寄道をして、覗いて來ましたがね」
 …

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