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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題252 敵持ち
252 かたきもち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第一卷 恋をせぬ女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年3月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1951(昭和26)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-05-05 / 2015-03-08
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「八、近頃お前は、大層な男になつたんだつてね」
 錢形平次は、珍らしく此方から水を向けました。ガラツ八の八五郎が縁側へ腹ん這ひになつて、手長猿のやうに遠方の煙草盆を引寄せ、默つてお先煙草を二三服立て續けに吸つたところへ冠せた話のきつかけです。
「それほどでもありませんがね。――尤も人を助けるといふのは、まことに、良い心持のもので」
「大きいな、さうしてゐるところは大した貫祿だよ」
「ところが、叔母さんと來た日にや、あつしの人助けを、お節介の物要りの、無分別の大馬鹿野郎だといふんですよ。――女の古いのはどうしてあんなに口が惡いんでせう。尤も近頃は助けた娘と氣が合つて、すつかり仲好しになつたやうですが」
「叔母さんの言ふのが本當かも知れないよ。お前の叔母さんは、少し頑固だが、根が正直で氣の優しい人だ。――兎も角お前が若い女一人を拾つて、向柳原の叔母さんの家へ連れ込んだ經緯を話して見るが宜い。俺はそれを聽いてから、とくと思案を定めることにしよう」
 平次は草花いぢりで少し泥になつた手を叩いて、八五郎と並んで縁側に腰を掛けると、八五郎の手から煙管を取上げて、藁で縛つた五匁玉から、少し馬糞臭いのを器用につまみ上げるのでした。
 四月の陽は縁から雨落に這つて、江戸の櫻ももうお仕舞ひ、狹い庭に草の芽が萠えて、蟻はもう春の營みに、忙しい活動を續けて居ります。
「五日前の晩でしたよ。本所の歸り兩國へかゝると、橋の中程で欄干にもたれて、若い女が泣いてゐるぢやありませんか」
「約束通りだ、時も、場所も」
「危い――と思つて聲を掛けると、いきなり欄干を越して、大川へ身を投げようとするぢやありませんか、飛付いて引おろすのが精一杯、いや驚いたの驚かねえの――」
「月はあつたのか」
「少し朧だが、良い月夜で、後ろから抱き締めて、欄干から引離すと、怨めしさうに振り返つたお里の顏が、ぞつとするほど綺麗でしたよ。――色白の左の頬に、ぽつちりほくろがあつて」
「そのまゝ向柳原の叔母さんの家へ連れて來て、三日經つても、五日經つても、お前はぞつとして居るんだらう」
「からかつちやいけません、放つて置けば又死ぬ氣になるかも知れないし、何處へも行きどころが無いといふから、あつしの家へ連れて來たまでのことで」
「そこで八五郎は、一番男を立てたといふわけか。――助けたのが、薄汚い爺いだつたら、お前はどうする、矢張り自分の家へ連れて來て、默つて飼つて置く氣になるか」
「其處までは考へませんよ」
「まア、宜い、――ところで、その娘の人別はわかつて居るのか」
「それが何より氣になりますよ。人別は長崎の寺にあるさうで、父親と一緒に、江戸へ出たのが三年前、その父親に死に別れて、日本橋の大店へ、請人の無いのを承知で住み込んだが、主人に執こく口説き廻されて、思案に餘つて死ぬ氣になつた――と斯ういふんです。聽いて見る…

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