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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54580
副題273 金の番
273 かねのばん
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三卷 五月人形」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月20日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1952(昭和27)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-11-20 / 2017-03-04
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「世の中に、金持ほど馬鹿なものはありませんね」
「貧乏人は皆んな、そんな事を言ふよ、つまらねえ持句さ」
 平次と八五郎は、相變らず空茶に馬糞煙草で、いつものやうな掛け合ひを始めて居ります。薄ら寒い二月の、ある朝の一と刻、八五郎の人生觀が、この不思議な事件へ錢形平次を追ひやる動機でした。
「金さへ無きや、こちとらのやうに呑氣に暮せるのに、苦勞して金を拵へて、今度はその金のために、夜もおち/\寢られねえなんて、隨分間拔けな話ぢやありませんか」
「その間拔けは何處に住んでゐるんだ、お前の話には、妙に含みがあるが、まさか世上の金持の惡口を言ひに、俺のところへ來たわけぢやあるめえ」
「その通りですよ、親分、近頃生命を狙はれてゐさうで、氣味が惡くて叶はねえから、錢形の親分の智惠が借り度えと、あつしの叔母に頼んで來た、贅澤な金持があるんですが、こいつは親分の耳に入れても無駄だから、強さうな用心棒でも雇ふが宜いと、斯う言つてやりましたよ、金の番人などは、あつしだつて、御免蒙りまさア」
「待つてくれよ、八、生命が危ないといふのは容易のことぢやねえ、それに叔母さんの頼みなら、一應は聽いて見なきや惡からう」
 平次は膝を乘出しました、不精で潔癖で、容易には金持の頼みなどを耳に入れない平次ですが、叔母さんの頼みといふと、放つても置けないやうな氣がしたのでせう。
「それに、場所が遠過ぎますよ、白金二丁目の金貸しで、足立屋徳右衞門、腰が低くて如才が無くて、非道な取立てをしないから、金貸しの癖に評判の良い男ですが、夕立の後で、庭へ出て來る蝦蟇とそつくりの顏をしてゐる癖に、娘のお雪は恐ろしく綺麗で」
「お前の話には、不思議に綺麗な娘が出て來るが、考へやうぢや、綺麗な娘の居るところばかり嗅ぎ廻つて居るとも取れるぜ」
「冗談言つちやいけません、あつしは娘運が良いだけで」
「ところでその娘はどうしたんだ」
「狙はれてゐるのはその娘ぢやありません、蝦蟇の方で、――尤もあの綺麗な娘は養ひ娘なんだ相で、本當の親娘があんなに相好が違つちや、神樣の惡戯が過ぎまさア」
「で?」
 平次は促しました、八五郎の話は無駄が多くて、一向要領を得させないのです。
「あつしの叔母が若い時奉公して居たお店の主人が、足立屋に金の世話になつて居る相で、並大抵でない義理があるから、錢形の親分を頼んでくれと、折入つて叔母に頼んだ相ですが、叔母はまた、あつしの言ふことなら、錢形の親分は、何んでも聽いてくれると思ひ込んで居るが、どつこいそんなわけには行かねえ、錢形の親分と來たら、無精で金持が嫌ひで、――」
「おい、お前は金持と俺の棚おろしに來たのか」
「そんな事で乘出す親分では無いから、諦めろ、その代り、このあつしが行つてやらうと、――實は昨日白金まで待つて來ましたがね」
「何んだ、お前はもう行つて來たのか」
「すると、お茶を…

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