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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題246 万両分限
246 まんりょうぶげん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三卷 五月人形」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月20日
初出「サンデー毎日」1951(昭和26)年1月28日号~2月11日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-07-26 / 2015-08-30
長さの目安約 52 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「世の中に何が臆病と言つたつて、二本差の武家ほど氣の小さいものはありませんね」
 八五郎はまた、途方もない哲學を持ち込んで來るのです。
「お前の言ふことは、一々調子ツ外れだよ、武家が臆病だつた日にや、こちとら年中腰を拔かして居なきやなるまい」
 平次は大して氣にも留めない樣子でした。障子を一パイに開けると、建て混んだ家並で空はひどく狹められて居りますが、一方から明神樣の森が覗いて、何處からか飼ひ鶯の聲も聞えてくると言つた長閑さ、八五郎の哲學を空耳に聽いて、うつら/\とやるには、申分の無い日和です。
「でも、さうぢやありませんか、親分、武家も大名ともなれば、年がら年中自分の首ばかり心配して、障子に棧をおろしたり、お妾との睦言にまで、見張りの宿直が、屏風の蔭で耳を濟まして頑張つてゐるといふぢやありませんか、さうなつた日にや、色事だつて身につきませんね、親分」
「だから大名にはなり度くないと言ふんだらう、良い心掛けだよ、お前は」
「旗本は家人だつて自分の首を何時取られるかと思つて、ビクビクし乍ら一生を送つて居るやうなのは、隨分澤山ありさうぢやありませんか。武家屋敷といふと、町人の家より戸締りが嚴重な上に、長押には槍が掛けてあるし、御本人は御丁寧に冷たい人斬庖丁を、二梃も三梃も取揃へて、生涯添寢をしてゐるんだと思ふと、あつしは氣の毒で、氣の毒で」
「安心しなよ、誰もお前を武家に取立てるとは言はないから」
「聽くと何んでも、主持ちの武家がうつかり押込にでも入られて、手籠にでもされやうものなら、腹を切るか永のお暇になるか、兎も角も、生涯人に顏を見せられないことになるんですつてね」
「そんなこともあるだらうよ」
「だから起きるから寢るまで、人斬庖丁を傍から離せなくなる」
 武士の魂たる兩刀を、脅迫觀念の禁呪のせゐにしてしまつたのは、まさに八五郎の新哲學だつたのです。
「それはわかつた、岩見重太郎だつて、宮本武藏だつて、八五郎よりは膽つ玉が太くなかつたかも知れないといふことにして、お前は一體何んの話をしに來たんだ」
 平次は膝をツン向けました。八五郎の『武士臆病論』には何やら含みのありさうな匂ひがするのです。
「その武士の中にも、とりわけ臆病な武家があるから、お話の種なんで」
「誰だえ、それは?」
「どうせこちとらの友達や親類ぢやありませんがね」
「當り前だ」
「青山長者丸の万兩分限、村越峰右衞門樣。江戸生え拔きの豪士で、大地主で、山の手切つての物持で、若い時は、學問武藝、いづれも愚かは無かつたが、年を取つて金が出來ると、急に世の中といふものが怖くなつた」
「フーム、強さうな名前ぢやないか、俺はまた、何處かのお大名のお抱關取かと思つたよ」
「家柄がよくて金があつて、人間が利巧で腕が達者だから、若い時は全く大した者だつた相ですよ。隨分元氣に任せて喧嘩も買ひ、金にモノを言…

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