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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題277 和蘭の銀貨
277 おらんだのぎんか
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三卷 五月人形」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1952(昭和27)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-12-18 / 2015-09-02
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、良い陽氣ですね」
 フラリとやつて來た八五郎は、襟の汗を拭いて、お先煙草を五六服、お茶をガブ呑みの、繼穗もないお世辭を言ふのでした。
「二三日見えなかつたが、何處へ行つて居たんだ」
 錢形の平次も、この十日ばかりはまるつきり暇、植木の世話をしたり、物の本を讀み返したり蟻の行列を眺めたり、雲のたゝずまひを考へたり、まことに退屈な日を送つて居たのです。
「こんな時家の中に引籠つて居るのは、餘つ程錢のねえ奴か、女房に惚れてゐる野郎ばかりで」
 こんな事をヌケヌケ言ふ八五郎を、平次はニヤリニヤリと受けました。
「當てられたやうだが、――それに引換へてお前は餘つ程景氣が良いと見えるな」
「何しろ、お天氣がよくて、身體が達者で、お小遣がふんだんにあるんだから、半日だつて叔母さんの二階に燻ぶつちや居られませんよ。外へ出たとたんに、江戸中の新造が、皆んなあつしに惚れて居るやうな氣がするでせう」
「江戸中の新造は大きいな、――ところで何處へ行つたんだ」
「神樂坂ですよ」
「妙なところへ行つたものだね、其處に良い新造でも居るのか」
「良い新造も居ますが、色つぽい年増も、浪人も、金持も居ましたよ」
「何んの話だか、さつぱりわからねえよ、何處かの赤い鳥居へ小便でもしやしないか」
「狐にだまされたと思つて、神樂坂へ行つて見て下さいよ、牡丹屋敷のツイ裏、長崎屋七郎兵衞と言や、大した身上だ。その上内儀がきりやうよしで、娘が滅法可愛らしいと來て居る、覗いて見たつて、損はありませんよ」
「又何んか頼まれて來たのか、寶搜しや夫婦喧嘩の仲裁は御免だよ」
 平次は大きく手を振りました、八五郎が又何んか平次引つ張り出しを頼まれて來た樣子です。
「そんな氣のきかねえ話ぢやありませんよ、長崎で一と身上拵えた長崎屋七郎兵衞の一家が、あんまりボロい儲けをしたので、長崎を引揚げて、江戸へ來てから三年にもなるといふのに、元の商賣敵からひどい嫌がらせをされて居るんです。此まゝ放つて置いたら、命に拘はるかも知れねえ、錢形の親分を頼み度いところだが、あつしに瀬踏してくれといふ話で、泊りがてら、神樂坂界隈を念入りに調べて來ましたよ」
「何んだ、そんな話か、――そこで何をしろといふんだ」
「兎も角も、長崎屋が何時夜討を掛けられるかわからねえといふわけで」
「まるで富士の裾野だ、相手はどんな人間だ」
「曾我の五郎十郎と言ひてえが、實は長崎の拔け荷仲間で、腕の立つのは一人も居ないが、惡智惠の廻るのや、人の惡いのでは引けは取らねえ、現に、長崎屋の井戸の中へ汚れものを打ち込んだり、主人の七郎兵衞が夜道を歩いて居ると、薪雜棒でどやし付けたり、火をつけられた數だけでも三度。三度とも首尾よく消し留めたが、此先何をやられるかわからない」
「念入りな惡戯だな」
「此方には、岡浪之進といふ卜傳流の達人が、用心棒に付いて居るから…

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