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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54586
副題283 からくり屋敷
283 からくりやしき
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第四卷 からくり屋敷」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1952(昭和27)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-12-27 / 2017-03-04
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、御存じでせうね、あの話を」
 ガラツ八の八五郎が、獨り呑込みの話を持込んで來ました。
 早咲の梅が、何處からともなく匂つて來る暖かい南縁、錢形平次は日向を樂しんで無精煙草にしてゐるところへ、八五郎がいつもの通り其日のニユースをかき集めて來たのです。
「藪から棒に、何を言ふんだ。江戸中の人間の借金を帳消しにする御布令でも出たといふのか」
「そんな事なら驚きやしません。どうせあつしは借金は返さないことに極めて居るんで」
「あんな野郎だ」
「ね、親分。世の中には、ボロイ話もあるものですね、あつしも少しばかり元を卸して見ようと思ひますが」
「大きな事を言やがる。まさか、銅脉(贋金)を拵へる相談ぢやあるまいな」
「こちとらの雁首に祟るやうな物騷な話ぢやありません。あつしの聽いたのは御信心の方で」
「信心をね」
「信心が金儲けになるんだから、こいつはたまらねえでせう。まるで持參付きの小町娘が、押しかけ嫁に來るやうな話で」
「下司な心掛けだ。そんな野郎は請合ひ八寒地獄へ眞つ逆樣に墮ちるよ」
「地獄の拔け裏が極樂でこいつはまたたまらねえ。結構な娘と年増が歌念佛で總踊りと來る」
「どうも言ふことが變だぜ。何處かの赤い鳥居へ、小便でもしなかつたか」
「さう思ふのも無理はありませんがね。まア、聽いて下さいよ。親分」
 八五郎は縁側ににじり上がつて物語らんと膝つ小僧を揃へました。尤も合掌した手を膝と膝との間に挾んで、肩と顎で梶を取り乍ら話すのですから、あまりお品は良くありません。
「大層改まりやがつたな」
「根岸の梅屋敷――龜戸梅屋敷と違つて、此處は御隱殿裏で、宮家住居の近くだから、藪鶯だつて三下りぢや啼かねえ。簫篳篥に合せてホウホケキヨ――」
「止さねえか、馬鹿々々しい」
「その梅屋敷の隣に、近頃紫御殿といふのが出來ましたよ。江戸では御法度の銅瓦三階建、何とか院樣の御許しがあるとかで、町方で手のつけやうはねえ」
「その話は聽いたよ。三輪の萬七親分が、――お膝許にあんな化物屋敷をおつ建てられちや、こちとらは睨みがきかねえやうで、世間樣に顏向けがならねえ――と腹を立てゝ居たよ」
「三輪の親分なんざ、ごまめの齒ぎしりで、お長屋の總後架から赤金の庇を睨んで、半日いきんでゐたつて、良い智慧は出ませんよ」
「口が惡いな。――お前といふ奴は、人間が甘い癖に」
「斯んなところで溜飮を下げなくちや、――年中三輪の親分に嫌がらせを言はれて居るぢやありませんか」
「ところで、その紫御殿はどうした?」
「さう/\忘れて居ちやいけない。お宗旨は紫教、教祖は紫琴女、良い女だ相ですが、これは四十を越した中婆さん、別當は赤井主水といふ立派な公卿侍、祈祷僧は法來坊といふ、武藏坊辨慶のやうな大坊主、鉦を叩いてお經を上げて、鈴を持つて踊を踊るんだから、こんな面白いお宗旨はないでせう」
「フーム」
「教祖…

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