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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題281 用心棒
281 ようじんぼう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第四卷 からくり屋敷」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1952(昭和27)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-12-21 / 2015-12-22
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、折入つてお願ひがあるんですが」
 ガラツ八の八五郎は、柄にもなく膝小僧を揃へて、斯う肩を下げ乍ら、小笠原流の貧乏搖ぎをやつて見せるのでした。
「心得てゐるよ、言ひわけに及ぶものか、その代りたんとは無えが」
 錢形平次は、後ろ斜めに、障子の隙間からお勝手を覗いて、其處で晩の仕度をしてゐる女房のお靜に、何やら合圖をするのです。
 それを見ると、お靜は心得たもので、帶の間から財布を拔いて、そつと平次の方へ滑らせました。親分子分の間でも、切出し憎いことを切出した八五郎に、少しでも恥を掻かせまいとする、それは貧乏馴れのした、無言劇の一と齣だつたのです。
「冗談ぢやありませんよ、親分」
 八五郎は膝の上へ置かれた、女物の財布を見ると、膽をつぶして二つの掌を振りました。八つ手の葉つぱのやうな大きい手が、互ひ違ひに動いて、くつろげた胸毛のあたりに、秋風を吹き起さうといふ素晴らしいジエスチユアです。
「本當に冗談ほどしか入つちやゐないよ、遠慮することは無い、取つて置きなよ」
「あつしはね、親分、お小遣が欲しくて來たわけぢやありませんよ、憚り乍ら金なんざ――小判といふものを、馬に喰はせるほど持つてゐますよ」
「そいつは豪儀だ、恥を掻かせて濟まなかつたね。いづれそのうちに、小判と言ふ飼葉を喰ふ、白粉を附けた馬でも見せて貰はうか」
「まア、それ程の景氣だと思つて下さいよ、あつしのお願ひといふのは、大したことぢやありませんがね」
「お小遣でなきや、お前を四角に坐らせるのは何んだえ」
「外ぢやありませんがね、あつしに用心棒に來てくれといふ家があるんで、長い間ぢやない、ほんの半月もすれば、身體のあくことで――」
「まさか、賭場や興行物ぢやあるまいな」
「そんなものぢやありませんが、唯、少しばかり」
 八五郎は小鬢をポリ/\と掻いて言ひ澁るのです。
「何が少しばかりなんだ、まさか金の番を頼まれたわけぢやあるまいね」
「金の番なら威勢よく斷りますがね、何しろ相手は、人に物を頼んで、イヤとは言はせない人間なんで」
「何處の殿樣だえ、それは? 泣く子と地頭とはいふが、――」
「そんな野暮な化物ぢやありませんよ、親分も御存じでせう、檜物町の小夜菊師匠」
「あ、あれはいけない、あれはお前を取つて喰ふよ、止すが宜い」
 錢形平次は、以ての外の顏をするのです。尤も、それは全く危險な女でした。踊も上手、女振りも非凡、世辭愛嬌も申分なく、それよりも男を惹きつける、不思議な魅力があつて、この女に接近する者は、どんなに道心堅固でも、最後には他愛もなく捕虜にされ、金も精氣も[#挿絵]ひ盡されて、蜘蛛の巣に掛つた羽虫のやうに、カラカラになつて投り出されるのだと言はれて居ります。
「でも、小夜菊師匠は言ふんですよ、――私は八丁荒しだの、殺生石だのと、嫌なあだ名を取つて居るけれど、私から男を誘つて、騙した…

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