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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題071 平次屠蘇機嫌
071 へいじとそきげん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第五卷 蝉丸の香爐」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年6月20日再版
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-06-01 / 2015-03-08
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 元日の晝下り、八丁堀町御組屋敷の年始廻りをした錢形平次と子分の八五郎は、海賊橋を渡つて、青物町へ入らうと言ふところでヒヨイと立止りました。
「八、目出度いな」
「へエ――」
 ガラツ八は眼をパチ/\させます。正月の元日が今始めて解つた筈もなく、天氣は朝つからの日本晴れだし、今更親分に目出度がられるわけは無いやうな氣がしたのです。
「旦那方の前ぢや、呑んだ酒も身につかねえ。丁度腹具合も北山だらう、一杯身につけようぢやないか」
 平次は斯んな事を言つて、ヒヨイと顎をしやくりました。成程、その顎の向つた方角、活鯛屋敷の前に、何時の間に出來たか、洒落た料理屋が一軒、大門松を押つ立てゝ、年始廻りの中食で賑はつてゐたのです。
「へエ――、本當ですか、親分」
 ガラツ八の八五郎は、存分に鼻の下を長くしました。ツヒぞ斯んな事を言つたことの無い親分の平次が、與力笹野新三郎の役宅で、屠蘇を祝つたばかりの歸り途に、一杯呑み直さうといふ量見が解りません。
「本當ですかは御挨拶だね。後で割前を出せなんてケチな事を言ふ氣遣ひはねえ。サア、眞つ直ぐに乘り込みな」
 さう言ふ平次、料理屋の前へ來ると、フラリとよろけました。組屋敷で軒並甞めた屠蘇が、今になつて一時に發したのでせう。
「親分、あぶないぢやありませんか」
「何を言やがる。危ねえのは手前の顎だ、片附けて置かねえと、俺の髷節に引つ掛るぢやないか」
「冗談でせう、親分」
 二人は黒板塀を繞らした、相當の構の門へ繋がつて入つて行きました。
 眞新しい看板に「さざなみ」と書き、淺黄の暖簾に鎌輪奴と染め出した入口、ヒヨイと見ると、頭の上の大輪飾が、どう間違へたか裏返しに掛けてあるではありませんか。
「こいつは洒落て居るぜ、――正月が裏を返しや盆になるとよ。ハツハツ、ハツハツ、だが、世間附き合ひが惡いやうだから、ちよいと直してやらう」
 平次は店の中から空樽を一梃持出して、それを踏臺に、輪飾りを直してやりました。
「入らつしやい、毎度有難う存じます」
「これは親分さん方、明けましてお目出度うございます。大層御機嫌で、へツ、へツ」
 帳場に居た番頭と若い衆、掛け合ひで滑らかなお世辭を浴びせます。
「何を言やがる、身錢を切つた酒ぢやねえ、お役所のお屠蘇で御機嫌になれるかツてんだ」
「へツ、御冗談」
 平次は無駄を言ひ乍ら、フラリフラリと二階へ――
「お座敷は此方でございます。二階は混み合ひますから」
 小女が座布團を温め乍ら言ふのです。
「混み合つた方が正月らしくて宜いよ。大丈夫だ、人見知りをするやうな育ちぢやねえ。――尤もこの野郎は醉が廻ると噛み付くかも知れないよ」
 平次は後から登つて來るガラツ八の鼻のあたりを指すのでした。
 小女は苦んがりともせずに跟いて來ました。二階の客は四組十人ばかり、二た間の隅々に陣取つて正月氣分もなく靜かに…

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