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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題050 碁敵
050 ごがたき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第六卷 兵庫の眼玉」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年6月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-06-22 / 2015-05-06
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、泥棒は物を盜るのが商賣でせう」
 八五郎のガラツ八はまた變なことを言ひ出しました。
「商賣――はをかしいが、まア世間並の泥棒は人の物を盜るだらうな」
 錢形平次は、女房に給仕をさせて、遲い朝飯をやり乍ら、斯んな事を言つて居ります。
 櫻には少し早いが、妙に身内の擽ぐられるやうな、言ふに言はれぬ好い陽氣です。
「ところがその世間並でねえ泥棒があつたんで――」
「物を盜らずに何を盜つたんだ」
「置いて行つたんで、親分」
「物を置いて行く泥棒は無いぜ。八、忘れ物ぢやないか」
「戸をコヂ開けて入つて、他の家へ物を忘れて行く奴は無いでせう」
「話がこんがらかつていけねえ、一體何處に何があつたんだ。手輕に白状しな、お茶を呑み乍ら聽いてやる」
「白状と來たね。石を抱かせる代りに、せめて落雁を抱かせて貰ひ度い、――出がらしの番茶も呑みやうがある」
「あんな野郎だ、お靜、狙はれた物を出してやつた方が宜いよ」
 平次が顎をしやくると、お靜は心得て落雁の箱の蓋を拂つてやりました。口數は少いが、柔か味と情愛の籠つた、相も變らぬ良い女房振です。
「親分の前だが、泥棒が金唐革の飛切上等の懷中煙草入れを忘れて行くといふ法はねえ。おまけに煙管は銀だ。あれは安くちや買へませんぜ」
 ガラツ八はまだ頭を振つて居ります。落雁はもう四つ目。
「さア、一人で感心して居ずに、ぶちまけてしまひな、――落雁が氣に入つたら、箱ごと持つて歸つても構はないから」
「大層氣前が宜いんだね、親分」
「馬鹿にするな」
 平次と八五郎は斯う言つた、隔ての無い心持で話し合つて居ります。
「親分も知つて居なさるだらう、神田相生町の、河内屋又兵衞――」
「界隈で一番と言ふ家持だ、知らなくて何うするものか」
 外神田の三分の一も持つて居るだらうと言はれた河内屋又兵衞、萬兩分限の大町人を、平次が知らなくて宜いものでせうか。
「大旦那の又兵衞――金はあるが伜夫婦に死に別れ、孫の喜太郎といふ十一になる男の子とたつた二人、奉公人と小判に埋まつて暮して居る」
「それが何うした」
「その河内屋へ昨夜泥棒が入つたんで――」
「金は取らずに、その豪勢な懷中煙草入れを置いて行つたと言ふんだらう」
「その通り」
「それつ切りかえ」
「お氣の毒だが、根つ切り葉つ切りそれつ切りで」
「呆れた野郎だ。落雁だけ無駄になつた。お靜、箱を片付けた方が宜いよ」
 平次は笑つて居ります。早耳では天才的なガラツ八の八五郎を、毎朝一と廻りさせて、その情報の中から、何か『異常なもの』を嗅ぎ出さうとするのが、長い間の平次の習慣でもあつたのです。
「河内屋には金が唸るほどあるでせう」
「それはあるだらう」
「その金には眼もくれず、――坊つちやんの喜太郎の寢部屋へ忍び込んで、金唐革の贅を盡した懷中煙草入れを、手習机の上へ置いて行つたといふのは變ぢやありませんか…

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