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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54609
副題048 お藤は解く
048 おふじはとく
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第六卷 兵庫の眼玉」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年6月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1936(昭和11)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-06-19 / 2015-03-08
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「平次、頼みがあるが、訊いてくれるか」
 南町奉行配下の吟味與力笹野新三郎は、自分の役宅に呼び付けた、錢形の平次に斯う言ふのでした。
「へエ、――旦那の仰しやることなら、否を申す私では御座いませんが」
 平次は縁側に踞まつたまゝ、岡つ引とも見えぬ、秀麗な顏を擧げました。笹野新三郎には、重々世話になつて居る平次、今更頼むも頼まれるも無い間柄だつたのです。
「南の御奉行が、事をわけてのお頼みだ、――お前も聞いたであらう、深川木場の甲州屋萬兵衞が今朝人手に掛つて死んだと言ふ話を――」
「ツイ今しがた、溜に居る八五郎から耳打をされました。あの邊は洲崎の金六が繩張りで――」
「それも承知で頼み度い。――甲州屋萬兵衞は町人乍ら御奉行とは別懇の間柄、一日も早く下手人を擧げ度いと仰しやる――金六は一生懸命だが、何分にも老人で、屆かぬ事もあらう、直ぐ行つてくれ」
「畏まりました」
 吟味與力に頼まれては、嫌も應もありません。平次は不本意乍ら、大先輩洲崎の金六と手柄爭ひをする積りで、木場まで行かなければならなかつたのです。
「八、手前が行くと目立つていけねえ、神田へ歸るが宜い」
 永代まで行くと、後から影の如く跟いて來る、子分の八五郎に氣が付きました。
「歸れと言へば歸りますがね、親分、あつしが居なきア不自由なことがありますよ」
 八五郎の大きな鼻が、淺い春の風を一パイに吸つて悠々自惚心を樂しんで居る樣子です。
「馬鹿、大川の鴎が見て笑つて居るぜ」
「鴎で仕合せだ、――此間は馬に笑はれましたぜ。親分の前だが、馬の笑ふのを見た者は、日本廣しと雖も、たんとはあるめえ」
「呆れた野郎だ、その笑ふ馬が木場に居るから、甲州屋へ行く序に案内しようと言ふ話だらう、落はちやんと解つて居るよ」
「へツ、親分は見通しだ」
 八五郎は何んとか口實を設けては、親分の平次に跟いて行く工夫をして居るのです。
 木場へ行くと、町内大きな聲で物も言はない有樣で、その不氣味な靜肅の底に、甲州屋の屋根が、白々と晝下りの陽に照されて居りました。
「お、錢形の」
 何心なく表の入口から顏を出した洲崎の金六は、平次の顏を見ると、言ひやうも無い悲愴な表情をするのでした。
「ちよいと見せて貰ひに來たよ、八の野郎の修業に――」
 平次はさり氣ない笑顏を見せます。
「笹野の旦那の言ひ付けぢやねえのか」
「飛んでも無い、旦那は兄哥の腕を褒めて居なさるよ、年は取つても、金六のやうにあり度いものだつて」
「おだてちやいけねえ」
 金六は漸くほぐれたやうに笑ひます。近頃むづかしい事件と言ふと、八丁堀の旦那方が、直ぐ平次を差向け度がるのは相當岡つ引仲間の神經を焦立たせて居たのです。
「俺の手柄なんかにする氣は毛頭ねえ。どんな事だか、ちよいと教へて貰へめえか」
「それはもう、錢形のが智惠を貸してくれさへすれば、半日で埒が明くよ。證據…

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