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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54612
副題076 竹光の殺人
076 たけみつのさつじん
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第八卷 地獄から來た男」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年7月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-03-30 / 2014-09-16
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「平次、狸穴まで行つて見ないか、竹光で武家が一人殺されたんだが――」
 與力笹野新三郎は、丁度八丁堀組屋敷に來合せた、錢形平次を誘ひました。
「旦那が御出役で?」
「さうだよ。浪人者には違ひないが、土地では評判の良い人物だ。放つても置けまい」
 八丁堀の與力が出役するのは、餘程の大捕物で、いづれは殺された武家の舊藩關係に、厄介なことでもあるのでせう。
「お供いたします。丁度、八五郎も參つて居りますから」
「さうしてくれると都合が宜い」
 笹野新三郎は、錢形平次を信頼し切つて居ります。土地の御用聞は、うるさい繩張のことを言ひ出しさうですが、與力のお聲掛りで行く分には、文句の言ひやうはありません。
 櫻は八重、日和も陽氣も、申分のない春でした。竹光で武家が殺されたといふ、煽情的な事件がなくとも、若くてハチ切れさうな平次は、江戸中を一廻りしたいやうな心持になつて居たのです。
「やつとうの方はいけたんでせうね、その浪人者は?」
 平次は道々も竹光の事が氣になつてなりません。
「微塵流の遣ひ手で、さる大藩の指南番までした人物ださうだ」
「それが、竹箆で殺られたんですか」
「變つて居るだらう」
 そんな事を言ひ乍ら、三人は芝山内から麻布狸穴へ、ゆら/\ゆらぐ、街の陽炎を泳ぐやうに辿つて居たのです。
 狸穴に着いたのは晝少し過ぎ、この邊は山の手の盛り場で商ひ家も多く、手輕な見世物や、茶屋、楊弓場などのあつた時代ですが、一歩裏通りに入ると、藁葺のしもた家が軒を竝べ、安御家人や、浪人暮しなどの人が、さゝやかな畑を拵へて、胡瓜や南瓜を育てゝゐると言つた、一種變つた風物が特色でもあつたのです。
「お待ち申して居りました、旦那」
 狸穴のとある家、生垣の前に、土地の岡つ引が待つて居りました。狸穴に縁を持たせて鼓の源吉といふポンポンした四十男。
「鼓の親分、私も目學問をさして貰ひますよ」
 平次はへり下だつて肩の手拭を取りました。
「宜いとも、錢形の兄哥が來てくれると、俺も心強いといふものだ」
 あつさりした口はきゝますが、何か腹の底に蟠りがないではありません。
「死骸は?」
 と笹野新三郎。何處からともなく散り殘る花瓣が飛んで來て、陰慘な空氣などは感じられませんが、建物に添つて右に曲ると、風の吹廻しか、線香の匂ひがプーンと來て、さすがに職業的な緊張を覺えさせます。
「今朝死骸を見付けたのは、此處でございました」
 源吉は狹い庭の沓脱の上を指しました。一抱へほどの自然石の上は、春の陽に乾いて血潮がベツトリ、もう玉蟲色に光つてゐるのも不氣味です。
「誰が見付けたんだ」
「私で――」
 何時の間にやら、新三郎の後、平次の横手に立つてゐたのは、二十七八の小氣のきいた渡り中間風の男です。
「お前は?」
 新三郎の眼は少し嚴しく動いて、この男の全部を一瞬に讀まうとしました。
「奉公人でご…

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