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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題016 人魚の死
016 にんぎょのし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第九卷 幻の民五郎」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年7月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1932(昭和7)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-04-05 / 2014-09-16
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「ガラツ八、俺を何處へ伴れて行く積りなんだい」
「まア、默つて蹤いてお出でなせえ。決して親分が後悔するやうなものは、お目に掛けないから――」
「思し召は有難いが、お前の案内ぢや、不氣味で仕樣がねえ。又丹波笹山で生捕りましたる、八尺の大鼬なんかぢやあるまいネ」
 捕物の名人錢形の平次と、その子分の八五郎、野暮用で龜戸へ行つた歸り、東兩國の見世物小屋へ入つたのは、初夏の陽も、漸く蔭を作りかけた申刻(四時)近い刻限でした。
 ガラツ八が案内したのは、讃州志度の海女の見世物、龍王の明珠を取つた、王朝時代の傳説にかたどり、水中に藝をさせるのが當つて、その頃江戸中の評判になつた興行物の一つでした。
 小屋は筵張りの全く間に合はせの代物、泥繪の具で存分に刺激的に描いた、水中に惡龍と鬪ふ美女の繪を看板に掲げ、その下の二つの木戸口には、鹽辛聲の大年増と、二十五六の巖乘な男が、左右に分れて客を呼んで居ります。年増女は如何にも達辯にまくし立てますが、男の方は至つて無口で――尤も、兎口のせゐもあつたでせう、木戸札を鳴らして、無暗に「入らつしやい、入らつしやい、サア、今が丁度宜いところ――」と言ふ言葉を、何の智慧もなく、こはれた機械のやうに繰り返して居ります。
「ガラツ八、俺にこんなものを見せる氣かい」
 平次はさすがに立ち止りました。この奇怪な空氣に、少し當てられ氣味でせう、好い男の眉が、心持顰みます。
「親分、だまされたと思つて入つて御覽なさい。そりや面白いから――」
 ガラツ八は、平次の手を引くやうにして、一歩、小屋の中へ入りました。
 中は五六十坪、筵張りの見世物にしては廣い方ですが、その眞ん中に、十坪あまりの眞四角な水槽を据ゑて、少し不透明な水が滿々と湛へてあります。今の言葉で言ふプール、昔はそんな事を言ひませんが、小屋の粗末なのに似ず、これだけは、まことに嚴重です。
 水槽の上が小さい舞臺になつて、その上に、お松、お村といふ二人の美女――これが一座の花形で、床几に腰を掛け、紫の對の小袖に、赤い帶を締め、お松は三味線を鳴らし、お村は篠笛を吹いて居ります。
 どちらも十八九、どうかしたら二十位でせう。讃州志度から伴れて來た海女といふにしては、恐ろしい美人です。お松はやゝ細つそりして上品な顏立、お村は脂の乘つた豐艶な身體、どちらも、明眸皓齒、白粉つ氣も何にもないのに五體から健康な魅力を發散するやうな美しさ、江戸中の見世物の人氣をさらつたと言ふのも無理はありません。
 舞臺には、二人の美女の外に、麻裃を着た口上言ひが一人、月代と鼻の下に青々と繪の具を塗つて、尻下がりの丸い眉を描いて居りますが、顏立は立派な方で、身のこなし、物言ひ、妙に職業的な輕捷なところがあります。
 水槽の前には、青竹を繞らして、後ろへ次第に高くなつた、急造の客席の上には、觀客がかれこれ二三百人。
「ね、…

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