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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題028 歎きの菩薩
028 なげきのぼさつ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十卷 八五郎の恋」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年8月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1934(昭和9)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-05-14 / 2015-12-13
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、あれを聞きなすつたかい」
「あれ? 上野の時の鐘なら毎日聞いて居るが――」
 錢形平次は指を折りました。丁度辰刻を打つたばかり、お早う――とも言はず飛込んだ、乾分のガラツ八の顏は、それにしては少しあわてゝ居ります。
「そんなものぢやねえ、兩國の小屋――近頃評判の地獄極樂の活人形の看板になつて居る普賢菩薩樣が、時々泣いて居るつて話ぢやありませんか」
 一流の早耳、八五郎は又何か面白さうな話を聞込んで來た樣子です。
「地獄極樂の人形は凡作だが、招きの普賢菩薩が大した名作だつてね」
「作人は本所緑町の佛師又六、大した腕のある男ぢやねえが、あの普賢菩薩だけは、後光が射すやうな出來だ。その上木戸番のお倉てえのが滅法いゝ女で、小屋は割れつ返るやうな入ですぜ」
「お倉と普賢菩薩を拜んで、極樂も地獄も素通りだらう。そんな野郎は浮ばれねえとよ」
「全くその通りさ、親分、――その普賢菩薩が、時々涙を流して居るから不思議ぢやありませんか、岡つ引冥利、一遍は見て置かなくちや――」
「手前はもう五六遍見て居るんだらう。懷の十手なんか突つ張らかして、ロハで小屋を荒して歩いちや風が惡いよ」
「冗談でせう、親分」
 ガラツ八をからかひ乍らも、錢形の平次は支度に取かゝりました。兩國の活人形が泣いて居ると言ふのは、どうせ勸進元のサクラに言はせる細工で、ネタを洗へば人形の眼玉へ水でも塗るんだらう――位に思つたのですが、それにしても、少し細工が過ぎて、なんとなく見遁し難いやうな氣がしたのです。
「出かけようか、八」
「へエ――、本當に行つて見る氣ですか、親分」
「岡つ引冥利、お倉と普賢菩薩は拜んで置けと――たつた今手前が言つたぢやないか」
「お倉だけは餘計ですよ、――ところで親分、行つて見るのはいゝが、朝でなくちや泣いて居ませんよ」
「寢起の機嫌の惡いお倉だ」
「お倉ぢやねえ、泣くのは佛樣で」
「あ、さう/\」
 平次はまだからかひ面ですが、氣の合つた親分乾分は、斯う言つた調子で話し乍ら、お互の微妙な心持を、殘すところなく傳へる術を知つて居るのでした。
「明日の朝にしちや何うでせう、親分」
 ガラツ八。
「早い方がいゝぜ、明日行つて見たら普賢菩薩が笑つて居たなんてえのは困るだらう。さうなると、岡つ引より武者修行を差向けた方がいゝ」
「口が惡いな親分、尤も此處から向う兩國までは一と走りだから、涙の乾く前に着くかも解らない」
 二人は無駄を言ひ乍ら、朝の街を飛ぶやうに、兩國橋を渡つて、地獄極樂の見世物の前に立つた時は、もう氣の早い客が、五六人寄せかけて居りました。
「いらつしやい、御當所名題の地獄極樂活人形、作人の儀は、江戸の名人雲龍齋又六、――八熱八寒地獄、十六別所、小地獄、併せて百三十六地獄から、西方極樂淨土まで一と目に拜まれる。一流活人形は此方で御座い」
 木戸番はお倉といふ新造、…

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