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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題144 茶碗割り
144 ちゃわんわり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-02-23 / 2016-01-12
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、ちと出かけちやどうです。花は盛りだし、天氣はよし」
「その上、金がありや申分はないがね」
 誘ひに來たガラツ八の八五郎をからかひ乍ら相變らず植木の新芽をいつくしむ錢形の平次だつたのです。
「實はね、親分。巣鴨の大百姓で、高利の金まで貸し、萬兩分限と言はれた井筒屋重兵衞が十日前に死んだんだが、葬ひ萬端濟んだ後で、その死に樣が怪しいから、再度のお調べが願ひ度いと、執拗く投げ文のあるのを御存じですかい」
 八五郎は妙な方へ話を持つて行きました。
「知つてるよ、それで巣鴨へ花見に行かうといふんだらう。向島か飛島山なら花見も洒落てゐるが、巣鴨の田圃で蓮華草を摘むなんざ、こちとらの柄にないぜ、八」
「交ぜつ返しちやいけません。花見は追つて懷ろ加減のいゝ時として、兎も角巣鴨へ行つて見ようぢやありませんか。井筒屋重兵衞の死にやうが、あんまり變つてゐるから、こいつは唯事ぢやありませんよ、親分」
「大丈夫か、八。此間も大久保まで一日がかりで行つて、狐憑きに馬鹿にされて歸つたぢやないか」
 鼻の良い八五郎は、江戸中の噂の種の中から、いろ/\の事件を嗅ぎ出して來ては、錢形平次の活動の舞臺を作つてくれるのでした。
 その中には隨分見當外れの馬鹿な事件もありますが、十に一つ、どうかすると、三つに一つ位、面白い事件がないでもありません。
「今度のは大丈夫ですよ」
 平次は到頭神輿をあげました。神田から巣鴨まで、決して近い道ではありませんが、道々ガラツ八の話は、平次の退屈病を吹き飛ばしてくれます。
「金が出來て暇で/\仕樣がなくなると、人間はろくでもない事を考へるんですね」
 ガラツ八の話はそんな調子で始まりました。
「お前なら差向き食物の事を考へるだらうよ。大福餅の荒れ食ひなんか人聞きが惡いから、金が出來ても、あれだけは止すが宜いぜ、八」
「井筒屋重兵衞は疝癪で溜飮持だ。氣の毒だが金に不自由はなくなつても大福餅には縁がありませんよ。――淺ましいことに重兵衞は骨董に凝り始めた」
「へエー、そいつが大福餅の暴れ食ひよりも淺ましいのか」
「貧乏人から絞つた金で、書畫骨董――わけてもお茶道具に凝り始めるなんざ、良い量見ぢやありませんよ」
「それがどうしたといふのだ」
 平次は次を促しました。ガラツ八の哲學に取り合つてゐると、巣鴨まで辿り着くうちに、話の底が乾きさうもありません。
「百兩の茶碗、五十兩の茶入。こいつは何んとか言ふ坊さんがのたくらせた蚯蚓で、こいつは天竺から渡つた水差しだと、獨りで悦に入つて居るうちはよかつたが、――人の怨みは怖いね、親分」
「茶碗が化けて出たのか」
「その百兩の茶碗、五十兩の茶入といふエテ物を、片つ端から叩き壞した奴があるんですよ」
 ガラツ八の話は飛躍的でした。事件があまりに常識をカケ離れてゐるせゐです。
「そいつは何んのお禁呪だ」
「盜むとか、賣る…

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