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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題146 秤座政談
146 はかりざせいだん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-03-02 / 2015-12-24
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 金座、銀座、錢座、朱座と並んで、江戸幕府の大事な機構の一つに、秤座といふのがありました。天正の頃、守隨兵三郎なる者甲府から江戸に入つて、關東八州の權衡を掌り、後徳川家康の御朱印を頂いて東日本三十三ヶ國の秤の管理專賣を一手に掌握し、西日本三十三ヶ國の秤の司なる京都の神善四郎と並んで、互に犯すことなく六十餘州の權衡を管轄しました。
 萬治三年京の神善四郎、江戸の守隨家と爭つて敗れ、其權利を剥奪されて後は、江戸の秤座――通四丁目の守隨彦太郎獨り榮えて、全國の秤を掌り、富貴權勢飛ぶ鳥を落す勢ひがあつたと言はれて居ります。
 その守隨彦太郎の伜――實は彦太郎の甥で、五六年前養子に迎へた兵三郎が、何者とも知れぬ不思議な曲者に、命を狙はれてゐるといふ騷ぎが起りました。
 兵三郎はその時二十三、先づは世間並の良い男、才智男前も人樣に負けは取らず、少しは附き合ひも知つて居りますが、世間の噂に上るやうな馬鹿はせず、何處か拔目がなくて、人柄がよくて、親父の彦太郎自慢の息子でした。
 彦太郎の娘お輝は取つて十六、行く/\は兵三郎に嫁合せる積り、本人同士もその氣で居りますが、何分まだお人形の方が面白がる幼々しさを見ると、痛々しいやうな氣がして親達も祝言も強ひられず、いづれ來年にでもなつたらと、彦太郎夫婦はそれをもどかしく樂しく眺めてゐるのでした。
「その養子の兵三郎が、七日の間に命を奪られるといふ騷ぎだ、本人は思ひの外落着いてゐるが、親の彦太郎の方が大變ですぜ」
「誰がそんなに命取りの日限まで觸れて歩いたんだ」
 ガラツ八の八五郎の、逆上せあがつた報告を輕く受けて、錢形平次は斯う問ひ返しました。初夏のある朝、若葉の色が眼に沁みて、かつを賣の聲が何處からか聞えるやうな日です。
「手紙が來たんですよ、親分。それも一度や二度ぢやねえ、續け樣に三度」
「そんな惡戯は今に始まつたことぢやないよ。命を取ると言つた奴が、昔から本當に命を取つた例しは無い。放つて置くが宜い」
 平次は事もなげでした。『殺す奴は默つて殺す』といふのが、長い間の經驗が教へてくれた平次の信條だつたのです。
「ところが本當にやりかけたんで」
「何を?」
「最初の手紙が店先へ投げ込まれたのは三日前、それから一日に一度づつ恐ろしいことが起るとしたらどんなもんで」
「恐ろしい事といふと」
「三日前――あの晩はやけに暑かつたでせう。若旦那の兵三郎はまた恐ろしい暑がりやで、あんな晩は寢る前に裏の井戸端へ行つて、汲み立ての水で身體を拭くんです。丁度亥刻頃、堅く絞つた手拭で身體を拭いてゐると、後ろからそつと忍び寄つて、いきなり井戸の中へ若旦那を突き落した奴がある」
「あぶないな」
「幸ひ井戸は淺いから助かつたが、深い井戸なら一とたまりもありませんよ」
「三日前の晩の亥刻といふと月が良かつたな」
 平次は指などを折り乍ら神妙に聽いて…

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