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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54647
副題139 父の遺書
139 ちちのいしょ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1942(昭和17)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-02-05 / 2016-01-11
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「お早よう」
 ガラツ八の八五郎は、尋常な挨拶をして、愼み深く入つて來ると、お靜のくんで出した温い茶を、お藥湯のやうに押し戴いて、二た口三口啜り乍ら、上眼づかひに四邊を見廻すのでした。
「どうした八、大層御行儀が良いやうだが、何んか變つたことでもあつたのかい」
 錢形平次は縁側に寢そべつたまゝ、冬の日向を樂んで居りましたが、ガラツ八の尤もらしい顏を見ると、惡戯つ氣がコミ上げて來る樣子で、頬杖を突いた顏を此方へねぢ向けました。
「何んでもありませんよ。ほんのちよいとしたことで」
「さうぢやあるまい、何んかお前思ひ込んで居るだらう。借金取に追つ駈けられるとか、義理が惡い昔馴染に取つちめられたとか」
「そんな事じやありません」
「だつて、急に起居振舞が少笠原流に[#「少笠原流に」はママ]なつたり、膝つ小僧がハミ出してる癖に、日本一の鹿爪らしい顏をしたり、お前餘程あわてて居るんだらう」
「なアに、ほんのちよいとした事があつただけですよ」
「何んだそのちよいとした事てえのは? 氣になるぜ、八」
「實はね、親分」
「恐しく突き詰めた顏をするぢやないか。何んだい」
「笹屋のお松が三輪の親分に縛られたんですよ」
 それは當時、兩國の水茶屋の茶汲女の中でも、番附に載る人氣者で、ガラツ八の八五郎も、一時は夢中になつて、毎日通つた相手だつたのです。
「何んか惡い客の卷添にでもなつたのか」
「そんな事なら心配しませんがね、人殺しの疑ひが掛つたんだ相で」
「人殺し?」
「親分はまだ聞きませんか、昨夜平右衞門町の河岸つ端で、浪人者の殺された話を」
「聽いたよ、福井町の城彈三郎といふ評判のよくない浪人者が、脇差で胸を突かれて死んでゐたんだつてね。――恐しく腕の出來る浪人者だといふぢやないか、茶汲女や守りつ娘には殺せねえよ」
「ところが、三輪の萬七親分は、お松を縛つたんで、――尤もお松は惡い物を持つて居ました」
「何を持つて居たんだ」
「ギヤマンの懷鏡、――こいつは男の癖にお洒落だつた城彈三郎の自慢の品だつたんで」
「フーム」
「今朝友達に見せてゐるところを、運惡く城彈三郎殺しの下手人搜しに來て居る、お神樂の清吉に見られてしまつたんです」
「怪しい品なら、岡つ引の見る前で出す筈は無いぢやないか」
 平次はさすがに氣が付きます。
「だからお神樂の清吉が、そのギヤマンの懷鏡を何處から出した。貰つたら貰つたで宜いが相手を言へと責めたが、お松はどうしても言はねエ」
「その懷鏡をくれた相手に心中立をしてゐるんだらう。お松を張るのは無駄だよ、八。宜い加減にして止すが宜い」
「そんなつもりぢやありませんよ。――あつしは、お松を助けようとも何んとも思つちや居りません。唯、親分が訊くから、ちよいと話しただけで」
 ガラツ八は急に堅くなりました。
「さうか。そんな遠慮があるから、小笠原流で番茶なんか飮ん…

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