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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54651
副題147 縞の財布
147 しまのさいふ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十七卷 權八の罪」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年8月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-03-05 / 2015-12-24
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、元飯田町の騷ぎを御存じですかえ」
「何んだい、元飯田町に何があつたんだ」
 ガラツ八の八五郎がヌツと入ると、見通しの縁側に踞んで、朝の煙草にして居る平次は、氣の無い顏を振り向けるのでした。
 江戸中に諜報の網を張つて居る順風耳の八五郎は、毎日下つ引が持つて來る夥しい事件の中から、モノになりさうなのを一應調べて親分の錢形平次に報告するのです。
「なアに、つまらねえ物盜りなんだが、怪我人があるから、俎橋の大吉親分がやつきとなつて調べてゐますよ」
 ガラツ八がつまらねえと片付ける事件に、飛んだ大物のあることを平次は時々經驗して居ります。
「大吉親分がやつきとなるやうぢや馬鹿にはなるまいよ。誰が怪我をして、何を奪られたんだ」
「元飯田町の加島屋――親分も御存じでせう」
「後家のお嘉代といふのが荒物屋をやつて、内々は高利の金まで廻してゐるといふ名題の因業屋だらう」
「その加島屋へ宵泥棒が入つたんで」
「フーム」
「手代の與之松は使ひに出た留守、伜の文次郎は町内の風呂、娘のお桃はお勝手でお仕舞の最中、後家のお嘉代がたつた一人で金の勘定を濟ませ、用箪笥へ入れたところを、後ろから忍び寄つた曲者に脇腹を刺され、あつと振り返るところを、手燭を叩き落されて、用箪笥の財布を盜まれたんださうで」
「財布にいくら入つてゐたんだ」
「三百兩といふ大金ですよ」
「それからどうした」
「物音に驚いてお勝手から娘のお桃が飛んで來ると、母親は血だらけになつて眼を廻してゐる。曲者は狹い庭を一と飛びに、生垣を越して逃げ出したんださうで――。昨夜は隨分暑かつたが、それにしても縁側を開けたまゝで金の勘定をしてゐたのは、少し用心が惡過ぎましたね」
「八五郎なら叔母さんから貰つたお中元の小錢でも、用心深く便所の中へ持込んで勘定する」
「冗談でせう」
「ところで加島屋の後家の傷は?」
 相變らず冗談を交換し乍ら、平次には事件の外貌を八方から探らうとする興味が動いた樣子です。
「ひどい傷だが、氣丈な女で、手當をさせ乍ら、いろ/\指圖をしてゐますよ。外科の話ぢや、唯突いた傷なら急所を除けてゐるから大したことは無いが、存分に抉つた傷だから、請合ひ兼ねるといふことで」
「僞者の姿を見なかつたのかな」
「チラと見たやうな氣がするが確かなことは判らないといひますよ」
「それつきりぢや仕樣が無い。兎も角、暫くの間見張つてゐるが宜い。俎橋の大吉親分が手柄にするのは構はないが、女一人斬つて三百兩といふ大金を奪つたのは放つて置けない」
「何を見張るんで? 親分」
「三百兩の金を易々と盜つた手際は、充分狙つた仕事だ。加島屋の家の者と、出入の者、それから近所の衆に氣をつけるが宜い。もう少し念入りにするには、伜のなんとか言つたな――」
「文次郎ですよ。先妻の子で、お嘉代には繼しい仲だが、一寸好い男で――尤も近頃は隣の九郎…

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