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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54652
副題149 遺言状
149 ゆいごんじょう
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十八卷 彦徳の面」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月20日
初出「文藝讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-03-11 / 2017-03-04
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 柳原の土手下、丁度御郡代屋敷前の滅法淋しい處に生首が一つ轉がつて居りました。
 朝市へ行く八百屋さんが見つけて大騷ぎになり、係り合ひの町役人や、彌次馬まで加はつて搜した揚句、間もなく首のない死骸が水際の藪の中から見つかり、それが見知り人があつて、豊島町一丁目で公儀御用の紙問屋越前屋の大番頭清六と判つたのは、大分陽が高くなつてからでした。
 ガラツ八の八五郎の大袈裟な注進で、錢形平次が來たのはまだ檢屍前。
「寄るな/\見世物ぢやねエ」
 そんな調子で露拂ひをするガラツ八の後ろから平次は虔ましい顏を出して、初秋の陽の明るく當る筵を剥ぎました。
 殺された清六は五十七八、小作りの胡麻鹽髷、典型的な番頭ですが、死骸の虐たらしさは、物馴れた平次にも顏を反けさせます。
「辻斬でせうね、ひどい事をするぢやありませんか」
 八五郎は横から覗きました。
「――」
 平次は默つて首を振りました。こんな下手な辻斬があるわけもありません。
「越前屋からは、まだ引取り手が來ませんよ。親分」
 八五郎はそれが不平さうです。
「ツイ二十日前に、主人が卒中で死んだばかりだから、無理もないが――」
 町役人は辯解がましく口を入れました。さう言へば越前屋の主人佐兵衞が急死したことは、平次もガラツ八も聽いて居りました。重なる不幸で、越前屋の混雜は思ひやられます。
「――その上店のこと萬端取仕切つてゐる甥の吉三郎さんが、大阪へ商賣用で行つてゐるとかで、迎ひの飛脚を出す騷ぎでしたよ」
 町役人は更に註を入れました。
「濡れ手拭を持つてゐるところを見ると、風呂の歸りでせうね。親分」
「鬢も濡れてゐるよ。――風呂の歸りに、わざ/\柳原河岸へ出るのは變ぢやないか。それに――」
 平次は首を傾けて居ります。
「何か變なことがあつたんですか、親分」
「變なことだらけだ」
「首を斬るのは穩かぢやねエ。辻斬でなくても、下手人は武家に決つてるやうなものですね」
 と八五郎。
「穩かな人殺しといふのはないだらうが、――この下手人は武家ぢやないよ」
「へエ――」
「やつとうの心得などのない人間だ」
「何だつて、それぢや首を斬り落したんでせう」
「それが解れば一ぺんに下手人が擧がるよ」
「?」
「どうかしたら、一度絞め殺して置いて、それから首を斬り落したのかも知れない。生き身の人間がこんなに斬りさいなまれ乍ら、默つて居るわけはねエ、いくら柳原でも、家もあれば人も通る」
 平次は早くも事件の祕密に觸れて行くのでした。
「親分、死骸の側に斯んな物が落ちて居たさうだが、何かの役に立ちますかえ」
 懷中煙草が一つ――印傳の叺に赤銅の虻の金具を附けた、見事な品を町役人は平次に渡しました。
「これは良いものが手に入つた。何處に落ちてゐたんだ?」
「死骸の下敷きになつてましたよ」
「文句はねエな。死骸の下に煙草入をねぢ込むやう…

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