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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題148 彦徳の面
148 ひょっとこのめん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十八卷 彦徳の面」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年10月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1943(昭和18)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-03-08 / 2016-01-12
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、變なことがあるんだが――」
 ガラツ八の八五郎は、大きな鼻の穴をひろげて、日本一のキナ臭い顏を親分の前へ持つて來たのでした。
「横町の瞽女が嫁に行く話なら知つてるぜ。相手は知らないが、八五郎でないことは確かだ。今更文句を言つたつて手遲れだよ八。諦めるが宜い」
 錢形平次は無精髯を拔き乍ら、ケロリとして斯んなことを言ふのです。お盆過ぎのある日、御用がすつかり暇になつて、凉みに行くほどのお小遣ひもない退屈な晝下がりでした。
「冗談ぢやありませんよ。横町の瞽女はあゝ見えても金持だ。こちとらには鼻も引つかけちやくれませんよ、へツへツ」
「嫌な笑ひやうだな。さては一と口申込んで小氣味よく彈かれたらう」
「へツ、彈ねたのは此方で」
「うまく言ふぜ」
「ところで親分變な話の續きだが――」
「さう/\變な話を持つて來たんだね。瞽女の嫁入りの話でないとすると、叔母さんがお小遣ひでもくれたといふのか」
「交ぜつ返しちやいけません。此の手紙ですよ、親分」
 八五郎は懷中から一通の手紙を出すと、疊の上を滑らせるやうに、平次の前へ押しやりました。
「何? 手紙」
「達筆で書いてあるから、よくは讀めねえが、大凡の見當は、二千兩といふ大金を、この春處刑になつた大泥棒の矢の根五郎吉が、このあつしに形見にやるといふ文句だ。手紙を出した主は五郎吉の弟分で、兄よりも凄いと言はれた彦徳の源太――」
「お前へもそんな手紙が行つたのか、八」
 錢形平次の聲は急に緊張しました。
「すると、親分は?」
「知つてゐるよ。いや、知つてゐるどころの騷ぎぢやない。俺のところへもそれと同じ手紙が來てゐるんだ」
「へエ――」
「その二千兩は、お旗本の神津右京樣が預つた大公儀の御用金だ。神津右京樣は二千五百の大身だが、日頃豊かな方でないから、二千兩は愚か差迫つては二百兩の工面もむづかしい。御預り御用金を、少しの油斷で矢の根五郎吉に盜まれ、腹を切るか、夜逃げをするか、二つに一つといふ大難場だ。――尤も、矢の根五郎吉は直ぐ捉まつた。俺の手柄と言ひ度いが、それは神津右京樣の御總領吉彌樣の働きと言つても宜い。――吉彌樣は十四といふ御幼少だが、根が悧發の方で、一と目泥棒を見てよくその癖を覺えてゐて下すつた。右の足が少し短かい上、聲に癖がある――不思議な錆のある一寸響く聲だ」
「――」
「矢の根五郎吉はわけもなく捉まつたが、傳馬町の牢同心が腕に撚をかけて責め拔いても、二千兩の隱し場所を白状しない。骨が碎けるまで強情を張り通して、到頭獄門になつたのは二た月前だ。その矢の根五郎吉が命にかけて隱し了せた二千兩の金を、弟分の彦徳の源太が、五郎吉を縛つた俺やお前にくれるといふのは可笑いぢやないか」
「さうですかね」
「彦徳の源太の手紙には何とあつたんだ」
「――十三日の晩、小日向の龍興寺裏門まで行つて見ろ――と書いてあります」…

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