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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題178 水垢離
178 みずごり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十九卷 神隱し」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1948(昭和23)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-06-26 / 2016-05-15
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 飯田町の地主、朝田屋勘兵衞が死んで間もなく、その豪勢な家が、自火を出して一ぺんに燒けてしまつたことがあります。火事は幸ひ一軒で濟みましたが、主人勘兵衞が死んだ後、思ひの外の大きい借金があつたりして、暮を越し兼ねての細工ではないかなどと、變な噂が立つたりしたものです。
「へツ、へツ、親分、變なことがありましたよ」
 ガラツ八の八五郎相好を崩して飛込んで來たのは、松が取れたばかりの、薄寒く暮れた宵の口でした。
「何をニヤニヤしてゐるんだ。少し顏の紐を締めて歩けよ、松は取れてゐるぜ」
 口小言をいひ乍らも、錢形平次は嬉しさうでした。天氣はよし、御用はなし、退屈しきつてゐるところへ、この少々タガのゆるい子分がやつて來て、漫談放語するのは、決して惡い心持ではなかつたのです。
「だつて、親分、場所は九段の牛ヶ淵ですよ。ピカピカするやうな娘が一人、しよんぼり立つてゐるから、思はず聲を掛けたと思つて下さい――あぶないぜ、お孃さん、そんなところに立つて水なんか眺めてゐると、河童に見込まれないものでもあるめえ、惡いことは言はないから、さつさと家へ歸るが宜い――とね」
「牛ヶ淵に河童が居るかえ」
「物の譬ですよ」
「顎の長い浮氣な河童ぢやあるまいな」
「へツ、冗談でせう」
「で、その河童ぢやない――娘は、何んと言つた」
「あつしの顏を見て居りましたが、いきなり、あら八五郎親分、丁度宜いところでお目にかゝりました。私はもう怖くつて怖くつて、何うしませうと――噛り付きやしませんがね、まア、斯う噛りつきたいやうな恰好をしたと思つて下さい」
「間拔けだなア、あの邊に惡い狐が居るやうな話は聞かないけれど――」
「狐ぢやありません。ピカピカするやうな人間の新造ですよ」
「ヒネた人間で拵へた新造だらう、白粉厚塗りの女實盛だ、人別を調べると還暦に近い代物さ、柳原から河岸を變へたことは知らなかつたが――」
「いやになるなア、夜鷹や惣嫁ぢやありませんよ。親分も御存じの、中坂の朝田屋の娘お縫、此間の火事の時、お調べに立ち會つたんで、あつしの顏を覺えてゐたのですね」
「男が好いととくだね」
 錢形平次と八五郎は、相變らず斯んな調子で話を運んで行くのでした。
「良い娘ですね、新粉細工に息を通はせたやうな――」
「膝なんか乘出さずに――その娘が何が怖いといふのか、筋を通して見な」
「何が怖いといふ、はつきりした據りどころがあれば、お隣の三河屋の源次郎さんに相談して、除けるとか取拂ふとか、工夫も手段もあるだらうが、目にも見えず、耳にも聞えず、口でも言へないモヤモヤしたものが、此間から朝田屋の一家に祟つてゐるやうで、ゐても起つてもゐられないから番町の叔母さんに相談しようか、錢形の親分にお願ひしようかと、フラフラと出て來たんださうで――」
「暗くなつてからかい、若い娘が――」
「まだ、日が暮れたばかりで、…

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