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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題182 尼が紅
182 あまがべに
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十九卷 神隱し」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1948(昭和23)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-07-09 / 2016-06-10
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、變なことがあるんだが――」
「お前に言はせると、世の中のことは皆んな變だよ。角の荒物屋のお清坊が、八五郎に渡りをつけずに嫁に行くのも變なら、松永町の尼寺の猫の子にさかりが付くのも變――」
「止して下さいよ、そんな事を、見つともない」
 錢形平次と子分の八五郎は、相變らず斯んなトボケた調子で話を運ぶのでした。平次の戀女房のお靜は、我慢がなり兼ねた樣子で、笑ひを噛み殺し乍ら、お勝手へ逃避してしまひました。
「何を言ふんだ、そいつは皆んなお前が持つて來たネタぢやないか。今度は何處の新造が八を口説いたんだ」
「そんな氣樂な話ぢやありませんよ。三河町の吉田屋彦七――親分も御存じでせう」
「うん、知つてゐるとも、大層な分限だといふことだな。それがどうした」
「三河町の半分は持つてゐるだろうといふ大地主ですよ。其の吉田屋の總領の彦次郎といふ好い息子が勞症で死んだのは去年の暮だ――もう半歳になりますね」
 障子の外の清々しい青葉を眺め乍ら、八五郎は不器用な指などを折ります。
「それがどうした、化けてでも出たか」
「そんな事なら驚きやしませんがね。町内の評判息子で、孔子樣の申し子のやうな若旦那が死んだ後へ、言ひ交したといふ、若い女が乘込んで來たとしたら、どんなもんです。え? 親分」
「あ、乘出しやがつたな八、先づ涎でも拭きなよ。お前が死んだつて、乘り込んで行く女なんかありやしないよ。第一身上が違ふ、三河町の吉田屋へ轉がり込めば、相手が佛樣になつて居ても、まさか唯ぢや投り出されない――先づ慾得づくだらうな」
「誰でも一應はさう思ふでせう。ところが大違ひなんで」
「何處が違ふんだ」
「女が泣き乍ら言ふんださうで――身上に眼が昏んだと思はれちや女の一分が立たないから、若旦那が死んだと聽いてから、泣きの涙で半歳我慢したが――」
「女にもその一分なんてものがあるのかえ」
「まア、聽いて下さいよ親分。その女が言ふには、若旦那の位牌を拜まして頂いて、大ぴらに墓詣りが出來れば、その上の望みはない、私は一生尼姿で暮らしますから、お長屋の隅でも物置でも貸して下さい、身過ぎ世過ぎは托鉢をして人樣の門に立つても、御迷惑はおかけいたしません――と」
「泣くなよ、八」
「若旦那と言ひ交した證據はこれ/\と、持つて來た品々は、若旦那から貰つたといふ髮の物から身の廻りの品々、それに若旦那から送られた戀文が、何んと四十八本」
「恐ろしく書いたね」
「身體も心も弱かつた若旦那が、兩親に隱れて言ひ交した女だ。滅多に逢ふ瀬もなかつたことだらうし、何時親達の許しを受けて、家へ引取れることか、その當てもなかつた」
「素人ぢやないのか」
「去年の川開きの晩、友達に誘はれて、始めて逢つたといふ、水茶屋の女ですよ」
「それは又變つてゐるね」
 大家の若旦那の相手なら、入山形に二つ星の太夫でも不思議はないのに、水…

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