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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54675
副題112 狐の嫁入
112 きつねのよめいり
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年8月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-08-15 / 2016-07-01
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、面白い話があるんだが――」
 ガラツ八の八五郎は、木戸を開けて、長んがい顏をバアと出しました。
「あ、驚いた。俺は糸瓜が物を言つたかと思つたよ。いきなり長い顏なんか出しやがつて」
 錢形平次は大尻端折の植木の世話を燒く恰好で、さして驚いた樣子もなく、こんな馬鹿なことを言ふのです。それが一の子分ガラツ八に對する、何よりの好意であり、最上等の歡迎の辭であることは、ガラツ八自身もよく心得て居りました。
「ジヨ、冗談でせう。糸瓜が物を言や、唐茄子が淨瑠璃を語る」
「面白い話てえのはそれかい、八」
「混ぜつ返しちやいけませんよ。親分が糸瓜に物を言はせるから、あつしは南瓜に淨瑠璃を語らせたんで――」
「大層こんがらがりやがつたな、――ところでその面白い話てエのは何んだい」
 平次は縁側に腰をおろすと、煙管の雁首で煙草盆を引寄せました。
 あまり結構でない煙草の煙が、風のない庭にスーツと棚引くと、形ばかりの糸瓜の棚に、一朶の雲がゆら/\とかゝる風情でした。
「狐の嫁入なんですがね、親分」
「狐の嫁入?――娘のおチウを番頭の忠吉に嫁合せるといふお伽話の筋なら知つて居る」
「そんな馬鹿々々しい話ぢやありませよ。何しろ町中の物持が大概やられたんだから、この筋書は容易ぢやありませんよ」
「獨りで呑み込まずに、さつさとブチまけて了ひな。狐の嫁入がどうしたんだ」
 平次も少し乘氣になりました。この話はどうやら筋になりさうです。
「ツイ十日ばかり前から、荒川堤で狐の嫁入がチヨイチヨイおこなはれるんですよ」
「おこなはれるは變だね」
「最初は丁度この月の始め、雨のシヨボシヨボ降る晩でした。戌刻半頃小臺の方から堤の上に提灯が六つ出て、そいつが行儀よく千住の方へ土手を練つたんで、川向うの尾久は祭のやうな騷ぎだつたさうですよ」
「川向うが騷いで、小臺の方ぢや騷がなかつたのかい」
 平次は早くもガラツ八の話の中から疑問をたぐりました。
「そこですよ親分。尾久の方からは、川向うの土手を、提灯が六つゆらり/\と練つて行くのが見えるが、土手下の小臺の方からは、たつた一つもそんなものが見えなかつたといふから不思議ぢやありませんか」
「フーム、器用なことをするおコンコン樣だね」
「王子が近いから、いづれ裝束稻荷の眷屬が、千住あたりの同類へ嫁入するんだらうてえことでその晩は濟んだが、驚いたことにそれから三日目の晩、又雨のシヨボシヨボ降る日、今度は先のよりでつかい狐の嫁入があつたんです」
「どうしてでつかいと解つた」
「その時は提灯が倍の十二でさ。土手を十二の提灯が行儀よく練るのが川に映つてそりや綺麗でしたよ」
「お前はそれを見てゐたのかい」
「あつしが見たのは三度目ので」
「三度もあつたのかい」
「だからお話になりますよ。――それから五日目の昨夜、晝頃から誂へたやうなシヨボシヨボ雨になつたでせ…

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