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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題110 十万両の行方
110 じゅうまんりょうのゆくえ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-08-10 / 2016-07-01
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、飯田町の上總屋が死んださうですね」
 ガラツ八の八五郎は、またニユースを一つ嗅ぎ出して來ました。江戸の町々がすつかり青葉に綴られて、時鳥と初鰹が江戸ツ子の詩情と味覺をそゝる頃のことです。
「上總屋が死んだところで俺の知つたことぢやないよ」
 錢形平次は丹精甲斐もない朝顏の苗を鉢に上げて、八五郎の話には身が入りさうもありません。
「ところが、聞き捨てにならないことがあるんですよ、親分」
「上總屋の死に樣が怪しいとでも言ふのか」
「二年も前から癰を患つて居たつていふから、人手にかゝつて死んだとすれば、町内の外科が下手人見たいなもので――」
「落し話を聽いちや居ない、――何が聞き捨てにならないんだ」
 平次は漸く朝顏から注意を外らせました。
「金ですよ、親分。上總屋音次郎が、鬼と言はれ乍ら、一代にどれほどの金を拵へたと思ひます?」
 ガラツ八はなか/\の話術家です。平次が滅多な事件に手を染めないのを知つて、かう乘出さずには居られないやうに持ちかけるのでした。
「五六萬兩かな、――有るやうでないのは何んとかだと言ふから、精々三萬兩ぐらゐのところかな」
「さう思ふでせう。ね、親分」
「イヤにニヤニヤするぢやないか、それとも十萬兩もあつたといふのかい。こちとらから見れば十萬兩は夢のやうな大金だが、上總屋なら」
 平次はガラツ八に焦らされると知つて、忌々しくも煙草入を拔いて一服つけました。
「尤もこちとらに十萬兩もあつた日にや、あつしは早速十手捕繩と縁を切つて――」
 ガラツ八の話は、また妙なところへ飛躍して行きます。
「金貸にでもなつて懷手で暮すつもりだらうが、さうは問屋が卸さないよ」
「そんなサモしい根性ぢやありませんよ。先づ山ノ手の百姓地を五六萬坪買つて――」
「大きく出やがつたな、人參牛蒡でも作る氣になつたか」
「大違ひ、――親分に植木屋を始めて貰つて、あつしはそれを江戸の縁日へ持出して賣る」
「馬鹿だなア」
 平次は仕樣ことなしに苦笑をしました。そんな氣でゐる八五郎の心根が哀れでもあつたのです。
「ね、親分。冗談は冗談として、上總屋の話だが、――誰でも一應は萬と纒まつた金があるに違ひないと思ふでせう」
「それがどうした」
「死んで了つた後で、番頭や親類の者が、熊鷹眼で搜したが、不思議ことにあるものは借金ばかり。何萬とある筈の金が、たつた十兩もないと聽いたら驚くでせう」
「驚くよ、――お前の義理でも驚かなくちや惡からう、それからどうした」
「たつたそれだけだが、ちよいと變ぢやありませんか親分。神田から番町へかけて、並ぶ者のないと言はれた上總屋音次郎が、死んで一文もないなんざ、皮肉過ぎますよ」
「搜しやうが惡かつたんだらう」
「そんな筈はありません。床下から天井裏まで搜したんださうで」
「それとも主人が死ぬと一緒に、誰か持出した奴があるのかな」
「熊鷹…

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