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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題108 がらツ八手柄話
108 がらツぱちてがらばなし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十卷 狐の嫁入」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年11月15日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-08-05 / 2016-07-01
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「ね、親分、こいつは珍しいでせう」
 ガラツ八の八五郎は、旋風のやうに飛込んで來ると、いきなり自分の鼻を撫で上げるのでした。
「珍しいとも、そんなキクラゲのやうな鼻は、江戸中にもたんとはねエ」
 錢形平次は、縁側に寢そべつたまゝ、火の消えた煙管を頬に當てて、眞珠色の早春の空を眺め乍ら、うつら/\として居たのです。
「あつしの鼻ぢやありませんよ。ね、親分、三つになる子供が身投げをしたんですぜ。こいつが珍しくなかつた日にや――」
「待つてくれ八、三つになる子供が身投げした日にや、五つ位になると腹を切るぜ」
「親分、冗談ぢやありませんよ。本銀町の藤屋の伜で、萬吉といふ三つの子が、昨夜裏の井戸へ落ちて死んだんですよ。町内の噂を聽いて、今朝ちよいと覗いて見ると、井戸側の高さは二尺くらゐ、子供の首つたけあるんだから、間違つて落つこつたとは言へませんよ」
「成程そいつは少し變だな。踏臺でもなかつたのか」
「踏臺も梯子もないから不思議なんで」
「何處の世界に井戸側へ梯子をかけて身投げをする子供があるものか」
「だから變ぢやありませんか、ね親分、ちよいと御神輿をあげて――」
 早耳のガラツ八は、變な臭ひを嗅ぐと、親分の平次を狩り出しに來たのです。
「そいつは御免を蒙らう。今日は少し血の道が起きてゐるんだ」
「へエー、そいつは知らなかつた。裏で張物をして居るやうだつたが」
 ガラツ八は此處へ飛込むときチラリと目に留つた、姐さん被りの甲斐々々しいお靜の姿を思ひ出したのです。
「血の道はお靜ぢやない、俺だよ」
「へエー親分が、血の道をね?」
「眩暈がして、胸が惡くて、無闇に腹が立つて――」
「そいつは二日醉ぢやありませんか」
「男の二日醉は血の道さ。今日は一日金持の隱居のやうに、暢氣な心持でゐたいよ。お前が一人で埒をあけて來るが宜い。赤ん坊が井戸に落つこつたくらゐのことで、八五郎兄哥を働かせちや濟まねえが、萬兩分限の藤屋の一粒種が變な死樣をしたのなら、思ひの外奧行のあることかも知れないよ」
「へエー」
「何をぼんやりして居るんだ、早く行つて見るが宜い。あ、それから、子供が井戸へ落ちたのを誰がどうして見付けたか。見付ける前に水を汲まなかつたか。水を汲んだら、それを呑んだ奴と呑まない奴とを調べるんだ。宜いか、八」
 平次はこの事件だけでもせめて八五郎の手柄にしてやらうと思ふのでせう。不精らしく寢そべつたまゝ、注意だけは恐ろしく細かいところまで行屆きます。
「成程ね、子供を投げ込んだ野郎は、當分その水を呑む氣にはなるめえ。さすがは親分だ。うめえところへ氣が付く」
「何を獨り言を言つて居るんだ。門口でモヂモヂやつて居ると、乞食坊主と間違へられて、犬を嗾かけられるぞ[#「嗾かけられるぞ」はママ]」
「――」
 ガラツ八の八五郎は、兎も角本銀町まで飛びました。御金御用達の藤屋萬兵衞は、龍…

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