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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題302 三軒長屋
302 さんげんながや
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」 同光社
1954(昭和29)年2月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-12-23 / 2017-03-04
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、良いお天氣ですね――これで金さへありや――」
 薫風に懷ろを膨らませて、八五郎はフラリと入つて來ました。相變らず寢起の良ささうなのんびりした顏です。
「お早う、天氣が續くと、懷ろの方も空つ尻らしいな」
「お察しの通り、四五日はお濕りにもありつきませんよ。いよ/\料簡を入れ替へて――」
「まさか、泥棒を働く氣になつたわけぢやあるまいな」
「それは大丈夫で。泥棒なら縛るのが役目で、あつしの考へたのは、金貸しですよ。こいつは、義理人情さへ考へなきや、隨分儲かりさうですぜ」
「成程良い料簡だが、お前には出來ないよ。第一、元手があるまい」
「成程、そこまでは氣がつかなかつた」
「その代り義理人情があり過ぎる」
「ちげえねえ。あの妓もさう言ひましたよ」
 などと、二人とも良い心持なものです。
「ところで、麹町九丁目の騷ぎはどうなつたんだ」
「そのことですよ、――あの邊は番町が近いから、小つ旗本と安御家人の巣だ」
「言ふことが荒つぽいな。もう少し丁寧にものを言へ」
「旗本や御家人の粒の小さいのには、工面のよくねえのが多いから、こつそり繁昌してゐるのは、質屋と金貸しだ。大きいのは九丁目の鍵屋金右衞門から、小さいのは、唐辛子屋のケチ兵衞に至るまで」
「何んだいそれは?」
「本名は七兵衞だが、人間があんまりケチだから、麹町ではケチ兵衞で通つてまさあ。唐辛子屋といふから、昔は七味唐辛子でも賣つたのかと思つて訊くと、なアーに、鼻の頭が赤くて、目が惡くて、そのくせ申分なくこすつ辛いから、人呼んで唐辛子屋」
「人呼んでと來やがつたな」
「へツ、時々は學のあるところを見せて置かなきや、人が馬鹿にしていけません」
「馬鹿にするものか、次を話せ」
 平次は八五郎の饒舌を封じて、次を促しました。
「あの界隈は、近頃物騷でならねえといふから、土地の清水谷の常親分に渡りをつけて、行つて見ると、成程二三軒やられましたね」
「何處と何處だ」
「それが盜られた方も評判のよくねえのばかり。九丁目の金貸鍵屋金右衞門と、三軒長屋のケチ兵衞ぢや、泥棒を擧げる張合もありませんや」
「お前の言ふことは變だな」
「だつて、考へて下さいよ。首と釣り替への判こに物を言はせて、貧乏人の首を絞めあげるやうに掻き集めた、何千兩の金のうち、五兩や十兩盜られたところで、大したことはないぢやありませんか。あつしはもういやになつて歸つて來ましたよ。取る方が泥棒でなく、取られる方がベラ棒で」
「亂暴だな、お前の言ふことは。泥棒を勘辨して居ては、御政道の表が立たない」
「へツ、笹野の旦那のせりふ見たいで」
 八五郎には斯う言つた途方もなさがあつたのです。
 尤も、江戸の政道も頽廢期になると、義賊といふ輩が横行しました。日本駄右衞門、雲切仁左衞門、鼠小僧、神道徳次郎、曰く某曰く某と、幕末の世界では、芝居と講釋の英雄にさへなつて…

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