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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題310 闇に飛ぶ箭
310 やみにとぶや
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」 同光社
1954(昭和29)年2月15日
初出「報知新聞」1953(昭和28)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-01-19 / 2016-12-22
長さの目安約 103 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

凉み舟


「大層な人ですね、親分」
 兩國橋の上、ガラツ八の八五郎は、人波に押されながら、欄干で顎を撫でてをります。
「まア、少し歩けよ。橋を越せば、一杯呑む寸法になつてゐるんだ」
 錢形平次は、泳ぐやうに近づいて、八五郎の袖を引きます。
 引つ切りなしに揚がる花火、五彩の火花が水を染めて、『玉屋ア、鍵屋ア』といふお定まりの褒め言葉が、川面を壓し、橋を搖るがして、何時果つべしとも思はれません。
「本當ですか、親分。お濕りをくれるとわかれば、花火なんざどうでも宜いんで」
「現金な野郎だな」
「腹を減らして、舌嘗めずりをしながら、打揚花火にノド佛を覗かせたつて、面白かありませんよ。棧敷や舟の人達のやうに、腹一杯になつたところで、玉屋アと來るから恰好がつくんで」
「相變らず殺風景な野郎だなア――もう少しの辛抱だよ、戌刻(八時)が鳴るまで橋の上にゐることになつてゐるんだから」
「戌刻の鐘を合圖に、良い新造でも迎へに來るんでせう」
「そんな氣のきいた話ぢやない。兎も角、橋の上は混雜で急に動けないから、少しづつ東兩國の方へ寄ることにしよう」
 上を見て通れと言はれた兩國の賑はひ、今の常識では想像もつきません。橋の上は盛りこぼれるやうな人波、東西の廣場から、左右の町家は、棧敷を架け、櫓を並べ、諸商人、諸藝人聲を嗄らして呼び交ふのに、川の上はまた、いろ/\の趣向を凝らした凉み船が、藝子末社を乘せ、酒と、肴と、歡聲と嬌聲とをこね合せて、まさに沸き立つばかりの賑はひです。
 五月二十八日の川開きから、八月二十八日までの三月の間、江戸の歡樂と贅を此處に集めて、兩國の橋を中心に、この一帶の水陸は、爛れるやうな興奮が續くのでした。
 江戸の末期には、土地繁榮のため、商人達が金を集め、玉屋、鍵屋を買ひ占めて、人寄せの花火が連夜に亙つたと言はれますが、錢形平次が盛んだつた頃は、まだそれ程ではなくとも、八月十五日の夕凉みの晩の催しなどは、川開きの日に劣らぬ、初秋の夜の最後の歡樂を追ふ凄まじい景氣でした。
「おや、淺草寺の鐘が鳴りますね」
 八五郎は人波に搖られながら指を折つてをります。
「この騷ぎの中で、鐘の音の聞える耳は大したものだな」
 平次は笑ひを噛み殺しました。
「呑みたい一心ですよ、――鐘が鳴りや宜いんでせう、五つの鐘が」
「何んにも變つたことはないやうだな、さては擔がれたかな」
 平次は首を捻つてをります。
「何を擔がれたんです? 親分」
「今朝、――變な手紙を受け取つたのだよ。今晩、五つの鐘を合圖に、兩國橋の上から川面を見張つて貰ひたい。六人の人が死ぬ。それも選り拔きの美しい娘ばかり――といふ文句だ」
「誰がそんな手紙を書いたんでせう」
「そんなことがわかるものか。おや/\、あれは何んだ、八」
 急に橋の下、大川の水の上が騷がしくなつたのです。

「何んでせう、親分」

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