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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題006 復讐鬼の姿
006 ふくしゅうきのすがた
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十二卷 美少年國」 同光社
1954(昭和29)年3月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1931(昭和6)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-01-08 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

本篇はわれらの愛する「錢形平次」がまだ獨身で活躍してゐる頃の話です。



「た、助けてくれ」
 若黨の勇吉は、玄關の敷臺へ駈け込んで眼を廻してしまひました。
 八丁堀の與力笹野新三郎の役宅、主人の新三郎はその日、鈴ヶ森の磔刑に立ち會つて、跡始末が遲れたものか、まだ歸らず、妻のお國は二三人の召使を供につれて、兩國の川開きを見物かたがた、濱町の里方に招かれて、これもまだ歸らなかつたのです。
 留守宅は用人の小田島傳藏老人と、近頃兩國の水茶屋を引いて、行儀見習の爲に來てゐる、錢形平次の許婚お靜。それに主人新三郎の遠縁に當る美しい中年増のお吉、外に下女やら庭掃きやら、ほんの五六人がなりを鎭めて、主人夫婦の歸りを待つて居りました。
 そこへこの騷ぎです。
「それツ」
 と飛出して見ると、玄關にへた張つた勇吉の背中には、主人新三郎の一粒種、取つて五つの新太郎が、これも眼を廻したまゝおんぶして居りました。
「あツ、若樣が」
「何うしたことだらう」
 身分柄、贅澤な羅物を着せた、男人形のやうに可愛らしい新太郎を抱き取つて、醫者よ、藥よといふ騷ぎ。幸ひ間もなく正氣づきましたが、餘程ひどく怯えたものと見えて、啜り泣いたり顫へたりするばかりで、容易に口も利けません。
 若黨の勇吉は眼を廻したまゝ暫く玄關の板敷に抛つて置かれましたが、御方便なもので、これは獨りで正氣に還りました。さすがに面目ないと思つたものか、コソコソ逃げ出さうとすると、
「これ/\勇吉」
 小田島老人が後ろから呼止めます。
「へエ、へエ」
「一體これは何といふ態だ。大事な若樣を預り乍ら、腰を拔かしたり、眼を廻したりする奴があるかツ」
「へエ――」
「第一、何んで。お前だけ先に歸つて來たのだ。奧樣方はどうなすつた。判然言へツ」
 昔氣質で、容赦がありません。
「へエ――」
 勇吉といふのは、二十五六の好い若い者、見たところは、充分賢さうでも、強さうでもあるのですが、何の因果か生れ付きの臆病者で、――『腰拔けのくせに勇吉とはこれ如何に?』――などと、のべつに朋輩衆から揶揄はれて居る厄介者だつたのです。
「頭を掻いて濟むどころではない。何が一體お前を取つて食はうとしたんだ、言はないか」
「へエ――、どうも相濟みません。兩國の人混みの中で、奧樣やお女中方を見失つてしまひましたが、どうせお歸り支度のやうでしたから、濱町へ一言お斷りして、若樣をおんぶしてやつて來ると――」
「――フム」
「どうも――、人間が皆んな兩國に集まつてしまつたせゐか、今晩の江戸の淋しさといふものはありませんでしたよ」
「馬鹿野郎」
「何處へ行つたつて人つ子一人居やしません。背中の若樣といろ/\お話をし乍らやつて來ると、人形町の往來で、いきなり前に立ちはだかつた者があるぢやありませんか。何だらうと思つて、ヒヨイと見ると、ブル、ブル、ブル」
「確りし…

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