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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題121 土への愛著
121 つちへのあいちゃく
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十二卷 美少年國」 同光社
1954(昭和29)年3月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-02-01 / 2016-05-10
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、良い陽氣ぢやありませんか。少し出かけて見ちやどうです」
 ガラツ八の八五郎が木戸の外から風の惡い古金買ひのやうな恰好で、斯う覗いてゐるのでした。
「何んだ八か。そんなところから顎なんか突き出さずに、表から廻つて入つて來い」
 錢形平次は、來客と對談中の身體を捻つて、大きく手招ぎました。
「顎――ですかね、へツ、へツ」
 ガラツ八は首を引込めて、不平らしく長んがい顎をブルンと撫で廻します。
「木戸の上へ載つかつたのは、まさか鼻の頭ぢやあるめえ。體裁振らずに、さつさと大玄關から入つて來るが宜い」
「大玄關と來たぜ、へツ、へツ、親分も宜い氣のものだ。敷臺に隣の赤犬が寢そべつて居るんだが蹴飛ばしても喰ひ付きやんませんか」
「丁寧に挨拶をして通るんだよ。犬だつて見境があらア、平常亂暴なことをするから、お前の顏を見ると唸るぢやないか。――あの通りだよ、三つ股の兄哥。目白までつれて行つたところで、大した役には立つまい」
 平次は客を見て苦笑するのです。
 客といふのは、目白臺で睨みを利かして居る顏の古い御用聞で、三つ股の源吉といふ中年者ですが手に餘るほどの大事件を背負ひ込んで、町方役人から散々に油を絞られ、フト二三年前、鬼子母神樣境内の茶店の娘、お菊殺しの難事件を解決した錢形平次の鮮やかな腕前を思ひ出して、我慢の角を折つて助勢を頼みにやつて來たのでした。(『玉の輿の呪』參照)
「親分、何んか用事ですかえ」
 八五郎はそれでも犬にも噛み付かれず、障子の外から膝行り込みました。
「三つ股の兄哥だ。挨拶をしな」
「へエ、今日は」
「おや、八五郎兄哥、いつも元氣で結構だね。――用事といふのは、あつしが持込んで來たんだが、昨日雜司ヶ谷に厄介な殺しがあつたのさ。わけもなく下手人を擧げられると思つたところが大違ひ、臭い奴が三人も五人も居て、どれを縛つたものか、まるつきり見當が付かねえ。十手捕繩を預つてこんなことを言ふのは業腹だが、今度ばかりは手を燒いたやうなわけさ」
「殺されたのは、新造ですかえ、年増ですかえ」
 八五郎は膝小僧に双掌を挾んでにじり寄ります。
「馬鹿だなア、三つ股の兄哥が男とも女とも言つてないぢやないか」
 と平次。
「成程」
「牝が一匹に、男が一人さ」
 源吉は引取りました。
「へエ――」
「殺されたのは、雜司ヶ谷きつての大地主で、寅旦那といふ四十男、吝で因業で、無悲慈で亂暴だが金がうんとあるから、殺されたとなると世間の騷ぎは大きい。錢形の兄哥の手を借り度いと思つて來たが、今直ぐと言つてはどうしても手が離せないといふから、せめて八兄哥でも――」
「せめて八兄哥ですか」
 八五郎は少し尖りました。
「そんなわけぢやない。是非八五郎兄哥に來て貰つて――」
「せめて八兄哥――で澤山だよ。折角だから、行つて見るが宜い。とんだ良い修業ぢやないか」
 平次にさう言は…

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