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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題125 青い帯
125 あおいおび
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十四卷 吹矢の紅」 同光社
1954(昭和29)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-20 / 2016-06-10
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 その晩、代地のお秀の家で、月見がてら、お秀の師匠に當る、江戸小唄の名人十寸見露光の追善の催しがありました。
 丁度八月十五夜で、川開きから三度目の大花火が、兩國橋を中心に引つ切りなしに打揚げられ、月見の氣分には騷々しいが、その代りお祭り氣分は申分なく滿點でした。
 追悼と言つたところで、改まつた催しではなく、阿呆陀羅經見たいなお經をあげ、お互ひに隱し藝を持寄つて、飮んで食つて、花火が打ち止んだ頃お開きにすればそれでよかつたのです。神祇釋教戀無常を一緒くたにして、洒落のめしてその日/\を暮してゐる江戸時代の遊民達は、遊ぶためには法事も祝言も口實に過ぎなかつたのです。
 お秀は代地の船宿の娘で、今年二十四の、咲き過ぎた年増でしたが、自分の容貌に溺れて、嫁ぎ遲れになり、兩親の死んだ後は、船宿の株を人に讓つて、有餘る金を費ひ減らすやうな、はなはだ健康でない生活を續けてゐるのでした。
 折惡しくその日は晝過ぎから大夕立、一としきりブチまけるやうに降りましたが、暮近い頃から綺麗に上がつて、よく洗ひ拔かれた江戸の甍の上に、丸々と昇つた名月の見事さといふものはありません。
 話はその大夕立の時から始まります。
 お秀と仲好しで、向柳原の油屋の娘お勢といふ十九になる可愛いのが、少しでも早く行つて、お秀さんに手傳つて上げようと思つたばかりに、うつかり傘を忘れて飛び出し、柳橋の手前であの大夕立に逢つたのです。
 ブチまけるやうな雨足で、逃げも隱れもする隙がありません。夢中で飛び込んだ軒下は運惡く空店で、その先は材木置場、二三軒拾つて安全な場所へ辿り着くまでに、お勢の身體は川から這ひ上がつたやうに、思ひおくところなく濡れてをりました。
 この夏、母親にねだつて拵へて貰つた、單衣の帶が滅茶々々になつて、泣きたいやうな心持ですが、どうすることもできません。一度家へ歸つて兎も角乾いたのと着換へて來ようと、小止みになつた雨足を縫つて歩き出すと、丁度そこへ、蛇の目をさして通りかゝつたのは、同じお秀のところへ行く、お紋といふ二十二三の中年増でした。
「まア、お勢ちやん、大變ねエ――その姿で町を歩くと、身投げの仕損ひと間違へられるわよ。お秀さんの家は直ぐそこだから、兎も角浴衣でも借りて歸つちやどう?」
「さうね」
 お勢もツイその氣になりました。
 雨がカラリと上がつて、ピカピカしたお天道樣が顏を出すと、グシヨ濡れの姿で江戸の町を――十九の娘が歩けやう筈もありません。
 お秀の家へ行くと、お秀は痒いところに手の屆くやうな親切さでした。
「まア、ひどい目に逢つたのねエ、お勢ちやん。氣味が惡くなかつたら、これを着てお出でよ。氣に入つたら、お勢さんに上げてもいゝくらゐなの」
 そんなことを言ひながら、お秀が自慢で着てゐた、空色縮緬の單衣と、青磁色の帶とを貸してくれました。
 お勢は好意に甘える…

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