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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題122 お由良の罪
122 おゆらのつみ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十四卷 吹矢の紅」 同光社
1954(昭和29)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-09 / 2016-09-02
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、變なことがありますよ」
「何が變なんだ。――まだ朝飯も濟まないのに、いきなり飛び込んで來て」
 五月のよく晴れた朝、差當つて急ぎの御用もない錢形平次は、八五郎でも誘つて、どこかへ遊びに行かうかと言つた、太平無事なことを考へてゐる矢先、當の八五郎は少しめかし込んだ恰好で、飛び込んで來たのです。
「それがね、親分」
 ガラツ八は少し言ひにくさうでもあります。
「めかし込んでゐる癖に、ひどく取亂してゐるぢやないか。火事か喧嘩か、それとも借金取りか」
「そんなのぢやありませんよ――今日は飯田町のお由良と一緒に龜戸の天神樣へ藤を見に出かける約束で、朝早く誘ひに行くと――」
 ガラツ八は少しばかり照れ臭い顏になりました。
「お由良? あの柳屋の評判娘かい――あの娘は悧巧過ぎて附き合ひにくいよ。――世間で騷ぐほど綺麗ぢやねえが、お前にはお職過ぎらア、附き合はねえ方がおためだぜ」
「意見は後で承はるとして、まアあつしの話を聽いて下さいよ。そのお由良を誘ひに行くと、昨夜から歸らないつて、柳屋の親爺が蒼くなつてゐる騷ぎでさ、知り合ひや近い親類も訊いたが、どこへもこの二三日顏を出しちやゐない。――夜逃げをする程の不義理もないから、もしか」
 八五郎はまたゴクリと固唾を呑みました。
「誘拐されでもしたんぢやあるまいかといふ話だらう。――あの眼から鼻へ拔けるやうな悧巧者のお由良が、金紋先箱で迎ひに來たつて騙されて行くものか」
「それぢや駈落――」
「駈落なんてえのは馬鹿のすることだよ。本所の叔母さんとか、湯島の從妹とかのところへ行つてゐるんだらう」
「そんなのはありませんよ。どうかしたら?」
「待つてくれ、悧巧者のお由良だけに氣になるぜ。近頃懇意にしてゐる男でもなかつたのか」
「近いうちに、伊勢屋の治三郎と一緒になるといふ話はありますがね」
「それぢやお由良には玉の輿だ。祝言前に評判を立てられるやうなお由良ぢやあるめえ。――こいつは變だよ、もう一度行つて見るがいゝ」
「ね、親分」
 ガラツ八の八五郎は一生懸命でした。その頃飯田町の飮屋の看板娘でお由良といふのは、色の淺黒い丸ぽちやの二十歳娘で、さして綺麗ではなかつたのですが、滴る愛嬌と、拔群の才氣で、見る影もない小料理屋の娘ながら、神田から番町へかけての人氣を呼んでゐるのでした。
 一寸一パイの折助や手代から、二階へ押し上がつて大盡風を吹かせる安旗本の次男三男、大店の息子手合まで、お由良の愛嬌に溺れる者も少くなかつた中に、ガラツ八の八五郎も散々お賽錢を入れ揚げた講中の一人で、三月越し執拗に口説いた擧句、近く足を洗ふお由良も最後の奉仕の心算で一日店を休んで龜戸の藤見に――それも三四人の友達附でやつと附き合ふ約束のできたところを、いざといふ日の前の晩から行方不知になつたのですから、ガラツ八の驚きやうの並大抵ではなかつたのも無…

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