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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題126 辻斬
126 つじぎり
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十四卷 吹矢の紅」 同光社
1954(昭和29)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-23 / 2016-06-10
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「八、厄介なことになつたぜ」
 錢形の平次は八丁堀の組屋敷から歸つて來ると、鼻の下を長くして待つてゐる八五郎に、いきなりこんなことを言ふのです。
「何にかお小言ですかえ、親分」
「それならいゝが、笹野の旦那が折入つての頼みといふのは、――近頃御府内を荒し廻る辻斬を捉へるか、せめて正體を突き留めろといふのだ」
「へツ、へエ――」
 ガラツ八の八五郎さすがに膽を潰したものか、固唾が喉に引つ掛つて、二度に感嘆しました。
「笹野の旦那はかう仰しやるのだよ――この夏あたりから噂は聽いてゐたが、三日に一人、五日に二人罪のない人間がお膝元の江戸で、人參牛蒡のやうに斬られるのは捨て置き難い。いづれ腕自慢が高じての惡業であらうが、近頃は斬つた死體の懷中物まで拔くといふではないか。この上知らぬ顏をしては、御政道の瑕瑾と相成る。御家中若年寄方にも悉く御心痛で、町方へ強つての御言葉があつた――といふことだ」
「へエ――大したことになりましたね、親分」
 それは全く大したことでした。
 この夏あたりから始まつた辻斬騷ぎ、最初は新刀の切れ味を試す心算でやつたのでせうが、二度三度と重なると、次第に惡魔的な興味が高じて、神田一圓に九段から兩國まで荒し廻る辻斬の狂暴さは、さすがに幕府の老臣方の目にも餘つたのです。
 旗本の次男三男、諸藩のお留守居、腕に覺えの浪人者など、辻斬退治に出かける向きもありましたが、相手はそれに輪をかけた凄腕で、いづれも一刀兩斷にしてやられるか、運よくて、這々の體で逃げ歸るのが關の山でした。
 秋に入ると、辻斬の狂暴さは一段と拍車をかけました。最初は武家ばかり狙ひましたが、後には百姓町人の見境がなくなり、終には斬つた死骸の懷中を搜つて、紙入、胴卷を拔き取るやうな淺ましい所業をするやうになつたのです。
「どうだ八、辻斬退治をする氣はないか。こいつは十手捕繩の晴れだぜ。腕自慢のお武家が門並み持て餘した相手だ」
 平次も緊張しきつてをります。
「附き合ひが惡いやうだが、あの辻斬野郎を相手にするくらゐならあつしは大江山の鬼退治に繰り出しますよ。――素知らぬ顏をして、摺れ違ひざまに、えツ、やツと來るでせう。氣がついて見たら首がなくなつてゐたなんて、どうも蟲が好かねエ」
「何をつまらねエ」
「そいつは強い武者修行か何んかに頼まうぢやありませんか。岩見重太郎てな豪勢なのがをりますよ」
「止さないか、八」
「へエ――」
「怖きや止すがいゝ」
「へツ」
「八五郎が腰を拔かしや、俺が一人でやるだけのことだ。笹野の旦那のお言葉がなくたつて、町人百姓の差別なく、ザクザク斬つて歩く野郎を、放つちや置けめえ。今まで無事でゐたのは、惡運が強かつたんだ」
 平次は何時になく昂然として胸を張るのです。
「親分」
 ガラツ八は膝ツ小僧を揃へてニジリ寄りました。
「何んだ?」
「あつしが何時腰を拔か…

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