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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID54711
副題119 白紙の恐怖
119 はくしのきょうふ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十四卷 吹矢の紅」 同光社
1954(昭和29)年4月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1941(昭和16)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-09-02 / 2019-10-28
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分ちよいと――」
 ガラツ八の八五郎は、膝つ小僧で歩くやうに、平次のとぐろを卷いてゐる六疊へ入つて來ました。
「なんだ八、また、お客樣をつれて來たんだらう。今度は何んだえ、若い人のやうだが――」
「どうしてそんなことが判るんで? 親分」
「お前の顏にさう書いてあるぢやないか」
「へエ――」
 ガラツ八は平手で長んがい顏をブルブルンと撫で廻すのです。
「平手で面を掻き廻したつて、人相が變るものか。馬鹿だなア」
「へエー、そんなもんですかねエ」
「庭へ長い影法師が射して、折角明神樣の森から來た、藪鶯が啼き止んだぢやないか。若くてイキの良い人間が門口に立つてゐることが解らなくてどうするんだ」
「成程ね、さう聽くと一向他愛もありませんね。おい、番頭さん、遠慮することはねえ、親分は見通しだ、ズツと入つて來なさるがいゝ」
 ガラツ八は表の方へ身體をねぢ曲げて、門に立つてゐる人を呼込むのでした。
「それぢや親分さんは逢つて下さるでせうか」
「逢ふも逢はねエもあるものか、俺が承知だ。眞つ直ぐに入つて來るがいゝ。ねえ親分、これが本銀町の淺田屋の番頭で、幸吉さんといふんだが、兎にも角にも、一つ話を聽いてやつて下さいよ」
 ガラツ八は平次の引込み思案にものを言はせないやうに、外に待たした客を呼込むと、萬事心得て平次の前へ押しやるのです。
 近頃江戸中に響いた平次の名を慕つて、流行易者ほど相談事が殺到するのを、お上の御用以外は、梃子でも動くまいとする平次は、その大部分は追つ拂ひましたが、中にはそれを心得て、女房のお靜や子分の八五郎の手を經て、こんな調子に持込むのも少くなかつたのです。
 紛失物を嗅ぎ廻したり、女出入りの仲裁までさせられるのは、平次にしても、有難くはありません。が、どうかするとその愚にもつかぬ相談事の中に、飛んでもない事件が孕んでゐたりするので、活動家のガラツ八は、一々チヨツカイを出して、一つでも多くの事件を取込まうとするのです。
「八、何んだか知らねエが、ひどく心得てゐるぢやないか。それほど力瘤を入れるならお前が埒をあけてやつたらよからう」
 平次は少し苦りきります。
「それが、あつしぢやどうしても解らないんで、――一と月も前から首を捻つたり、腕を組んだり、ありつたけの智慧を絞り出して見ましたがね」
 八五郎の話は相變らず空つとぼけたやうな、そのくせ精一杯の眞劍味がありました。
「親分さん、お願ひでございます。私はもう心配で/\、一日もヂツとしてはゐられません。お願ひでございます」
 八五郎のつれて來た、本銀町淺田屋の番頭幸吉といふ二十三四の若い男は、疊の上に兩手を突くのでした。
 小柄で、色が淺黒くて、あまり良い男振りではありませんが、突き詰めた樣子や、一生懸命な眼の色に、何にか妥協の出來ない正直さを見ると、素氣なく追ひ返しもなりません。
「お前さんは、…

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