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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題115 二階の娘
115 にかいのむすめ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十四卷 吹矢の紅」 同光社
1954(昭和29)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1940(昭和15)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-08-22 / 2016-06-10
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、變なことがあるんだが――」
 ガラツ八の八五郎が、少し鼻の穴を脹らませて入つて來ました。
「よくそんなに變なことに出つ逢すんだね、俺なんか當り前のことで飽々してゐるよ。借りた金は返さなきやならないし、時分どきになれば腹は減るし、遊んでばかりゐると、女房は良い顏をしないし」
 錢形の平次はさう言ひ乍ら、せつせと冬仕度の繕ひ物をしてゐる戀女房のお靜の方をチラリと見るのです。
 まア――隨分、と言つた顏をお靜はあげましたが、また例の八五郎を遊ぶつもりの冗談と判ると、素知らぬ顏をして、縫物の針を動かしました。名殘りの虻が障子に鳴つて、赤蜻蛉の影が射しさうな縁側に、平次は無精らしく引つくり返つて、板敷の冷えをなつかしんでゐる或日の午後のことです。
「だが、こいつは變つてゐますよ親分」
「前觸れはそれくらゐにして、なんだいその變つてゐるのは」
 八五郎の物々しい調子に釣られて、平次もツイ起き直りました。
「今朝、湯島の天神樣にお詣りをして、女坂の上から、ぼんやり下谷の方を眺めてゐると、ツイ二三十間先――家の數にして五六軒目の二階の縁側に出してある行燈が、戌刻半(九時)過ぎだといふのに明々と灯が入つてゐるぢやありませんか」
「消し忘れたんだらう」
 ガラツ八の報告も、平次に註を入れさせると、何んの奇怪味もありません。
「ところが親分、念のために、ツイ今しがたもう一度行つて見ると、行燈の灯がまだ點いてゐるのはどうでせう」
「フーム」
「朝消し忘れた行燈が、油も注さずに申刻(四時)近くまで點いてゐる道理はありません。變ぢやありませんか、親分」
「成程さう言へばその通りだが、――近頃なんか、そんな禁呪が流行るのかも知れないよ。歸りにそれとはなしに、どんな人間が住んでゐる家か訊いて見るが宜い。如才もあるまいが、その家へ飛込んで訊いちや打ちこはしだよ」
「やつて見ませうか」
 その話はそれつきり忘れて、ガラツ八が歸つたのは日が暮れさうになつてから。
 翌る日。
「親分、どうも益々變ですよ」
 八五郎のキナ臭い顏が飛込んだのはまだ朝のうちでした。
「晝行燈はなんの禁呪と解つたんだ」
 平次も少しばかり眞面目になります。
「解らないから不思議なんで」
「それぢやなんにもならないぢやないか」
「ところが今朝は晝行燈が引込んで、赤い鼻緒の草履がブラ下がつてゐるんで」
「さあ解らねえ」
「昨日行燈の出てゐた二階に間違ひはありませんよ。鴨居から赤い扱帶で、女草履が片つ方ブラ下がつてゐるのは不思議ぢやありませんか」
「癲癇の禁呪にそんなのはなかつたかい」
 平次の顏も少しキナ臭くなりました。
「癲癇なら草履を頭へ載つけるんですよ」
「愈々もつて解らねエ。――その家にどんな人間が住んでゐるんだ」
「取揚げ婆アのお早の家ですよ」
「あの間引をするとか言ふ、評判のよくない?」
「亭主の六…

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