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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題199 蹄の跡
199 ひづめのあと
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十五卷 火の呪ひ」 同光社
1954(昭和29)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1949(昭和24)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-03-11 / 2017-03-09
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「親分、あつしはもう癪にさはつて――」
 ガラツ八の八五郎は、拳骨で獅子ツ鼻の頭を撫で乍ら、明神下の平次の家へ飛び込んで來ました。
 江戸の町が青葉で綴られて、薫風と五月の陽光が長屋の隅々まで行き渡るある朝のこと、
「八の野郎がまた朝つぱらから癪の種なんか持込んで來やがつたぜ。落着いて飯も食へやしねえ」
 平次は大きな箸箱へ、ガチヤガチヤと自分の箸をしまひ込んで、お靜の方へ膳を押しやると、心得たお靜は、それを持つてスーツとお勝手へ立ちました。まご/\すると、八五郎に蹴飛ばされさうだつたのです。
「親分、聽いて下さいよ。あつしはもう、癪にさはつて――」
「わかつたよ、又角の酒屋の親爺に先月の拂のことでも當て擦られたんだらう」
「酒屋に借りなんか拵へるものですか、米屋の拂ひなら半歳も溜めるが」
「あんな罰の當つた野郎だ」
「癪にさはつたのはりやんこですよ」
 八五郎は大きな指を二本、腰のあたりに當てて見せました。
「惡い癖だ、武家と野良犬はからかはない方が良いと言つてるのに」
「それがその、放つちや置けなかつたんで――これを見て下さいよ、親分」
 八五郎は懷ろ深く探つて、皺くちやな紙片を取り出すと平次の膝の前へ、煙管を風鎭に押し伸ばすのでした。
「恐しく下手な字ぢやないか。まさかお前が書いたんぢやあるまいな」
「これでも、あつしの字よりは少し筋が良い」
「字のことになると、自慢がないから、八も可愛らしいよ、――それにしても、こいつは鹿尾菜をバラ撒いたやうぢやないか、お前讀んで見な」
 半紙一枚へ、馬糞墨で書いた、下手な字が一パイ。
「こいつは讀むのにコツがありますよ。お弓町の多良井藏人樣のお腰元お玉が死んだ。自害といふことになつてゐるが、人に殺されたに違ひない。親分のお力で下手人を擧げて、お玉の怨を晴らして下さい、頼む――とね」
 八五郎が辨慶讀みにした手紙の文句から、事件の重大さと、この手紙を書いた者の、燒きつ やうな[#「燒きつ やうな」はママ]熱意を感じないわけに行きません。
「それでお前は行つたのか」
「今朝此手紙を投り込まれた時、あつしはまだ寢て居たが、宜いあんべえに雨戸は隙間だらけだ。枕元へ紙片が舞ひ込んだから、夢心地で拾ひ上げると――あの娘の附け文と思ひきや――」
「思ひきや――と來たね」
「學があるとツイ斯んな言葉が出て來ますよ、――惡い癖でね」
「無駄が多いな、先を急げよ」
「殺されるのは良い女にきまつて居るから、兎も角お弓町へ飛びましたよ。相手は八百五十石取の旗本屋敷だ、誤摩化して死骸を取片付けられちや後の祭りだ」
「で?」
「裏から入つて、御用人を呼出して、お女中の死骸を見せて貰ひ度いと言ふと、味噌摺用人の山岸作内、大眼玉を剥いて人斬庖丁をひねくり廻した、――其方は何者だ此處を何んと心得る――とね」
「――」
「町方の御用を承るもの。…

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