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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題200 死骸の花嫁
200 しがいのはなよめ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二十五卷 火の呪ひ」 同光社
1954(昭和29)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1949(昭和24)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-03-14 / 2017-03-04
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「あツ、大變。嫁御が死んでゐる」
 駕籠の戸を押しあけた仲人の伊賀屋源六は、まさに完全に尻餅をつきました。
「何?」
「そんな馬鹿なことが」
 伊賀屋源六が大地を這ひ廻る後ろから、六つ七つの提灯は一ぺンに集まつて、駕籠の中を蔽ふところなく照らし出したのです。
 中には當夜の花嫁、浪人秋山佐仲の娘お喜美が、晴着の胸を紅に染めて、角隱しをした首をがつくりと、前にのめつて居るのも痛々しい姿でした。
 その癖襟から頬へかけて流れる美しい線が、青白い影を作つて、宇田川町小町と謳はれた非凡の艶色は、死もまた奪ふ由なく、八方から浴びせた提灯の光の中に、凄慘な美しいものさへ釀し出して居るのです。
「何? 娘が?」
 花嫁の父親秋山佐仲は、後ろの方から、轉げるやうに飛んで來ました。さすがに武家の出だけに、一人娘の嫁入りの儀式に連なる禮裝の麻裃、兩刀を高々と手挾んだのを、後ろに廻して、膝の汚れも構はず、乘物の中に手を突つ込み、娘の首を起してハツと息を呑みました。
 花嫁化粧念入りに仕上げた顏は、鉛の如く變つて、クワツと見開いた眼は、底知れぬ恐怖に翳つて、恐らくこの生命を喪つた瞳のうちにこそ、最後に映つた兇惡無殘な、下手人の面影がこびり付いてゐることでせう。
 傷は左乳の上、薄物の紋附は紙よりも脆く、たつた一と突き心の臟をゑぐつて、音も立てずに死んだ樣子。女持の華奢な短刀が、ふくよかな花嫁の胸に突つ立つて、朱羅宇のやうに燃えてゐるのも凄慘です。
「娘。これ、どうしたことぢや」
 父親の佐仲は、血潮に汚れるのも構はず、娘の身體を駕籠から抱きおろしかけましたが、フト其處が――娘が今宵嫁入る筈の、彌左衞門町の田原屋の店先だつた事に氣がつくと、
「恐れ入るが、田原屋殿。此まゝ立ち還るにしても、一應の手當をいたしたい。何處かの隅なりと、お場所を拜借いたし度い」
 斯う人垣の後ろに見える、田原屋の主人久兵衞に聲を掛けるのでした。
「御尤も。恐れ入りますが、此方からお入りを願ひます」
 田原屋久兵衞は先に立つて、路地の奧から裏口へと案内したのです。さすがに店先から、商人の家へ死骸を入れる氣にはならなかつたのでせう。
 死骸は二人の駕籠屋に持たせて、後からお喜美の父親秋山佐仲と、仲人の伊賀屋源六夫婦、それに當夜の聟――田原屋の伜田之助などが續きました。
 死の花嫁は、斯うして新聟の家へ、冷たい骸となつて擔ぎ込まれたのです。店先には行列に附いて來た、盛裝の人達。歸りもならず薄暗がりに三々五々、吹き寄せられたやうに集まつて、辻褄の合はぬ囁きを、氣ぜはしく取交し、家の中には、今宵の晴れの儀式に招かれた親類縁者が數十人、これは默りこくつて、右往左往に動いて居ります。
 時は六月二十三日、場所は本郷一丁目の大地主、田原屋久兵衞の家。宇田川町小町と言はれた浪人秋山佐仲の娘お喜美は、斯うして花嫁衣袋を碧…

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